20世紀芸術では自由への解放が主でした。


なかなか得られないからです。


現実の真相に即した表現が必要とされました。


また、意識の深層は未解明なので、ランダムに選択された表現の成立はそれに近似したあるいは近接するものとして尊重されました。


でも表現の自由の成立は、ランダムな選択の中にそれをコントロールし得る主体を確保することと同一でもあります。


さらに、ランダムの手法を選ぶことによって、自分の意志によるコントロールの権利をわざと手放してみせることも自由にあたります。


現実世界の中では実現できない自由を表現の世界においては確保するという意味も尊重されました。



しかし、本当はそういった、まだ余裕のある自由、時には楽しい自由ではなく、何か、誰かのために確保しなくてはならない自由、必要な自由の表現が大切になります。


この二つの種類の差は見極めないとなりません。







高橋アキ氏らによる映像が公開されています。


CD音源で聴くことに徹するだけでは把握できない別種類の経験があります。



素音→解析→新素音→再構成→曲→受容



作曲者の手になる新種の素音が再構成されていく過程は、受容者の受容過程に対する充分なはからいとなっています。


それにしても、トランペットをピアノの弦に向けて吹きこむというのは、実に象徴的です。

聴き直そうと思うものが次から次へと出てきました。


これはしかし、今までにそれだけ音源を提供してもらってきているということでもあります。


エゲンや高橋アキの世界は聴いたあとに音に対する感覚が明らかに変化したので、ありがたかったです。


パルランドで、ゆさぶられました。


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