三四郎と美禰子が、東大の育徳園心字池(現 三四郎池)

で初めて出逢うシーンですが、この時の美禰子の着物は物語の伏線になってまして、

この着物で画家の原田先生に油絵を描いてもらっており、

いつから描いてもらってる?という三四郎の問いに対して美禰子は、あの日、、、と言ってるので

出逢ったその日は描き始めの日だったと思われます。

ラストシーンは「森の女」とタイトルがついたこの画のお披露目の場面、三四郎が「絵のタイトルが良くない、、」と心の中で「stray sheep...」とぶつぶつ言いながら物語は終わります。

では、どんな画だったのだろう?とファンは妄想するわけですが、

ネットで検索したら再現した画がありました。

素晴らしいですね!

ただ、、漱石の文章を読み解くと、、三四郎と出会った時、美禰子は看護婦さんと一緒に歩いていて、看護婦の事を"白い方"という風に美禰子と対照的に表現してます。

また、帯に関しては、華やかな色の中に、白い穂すすきを染め抜いた帯が見える、、

とも書いてありますし、

三四郎が美禰子を描いている最中の原田先生のアトリエを訪ねた時、玄関に美禰子の下駄が左右色の違うアシンメトリーな鼻緒、と書いてあるのでおしゃれで画才もある美禰子のコーデを考えると

個人的な脳内イメージは着物は恐らくもっと派手なものであったような気がするんですよねぇ。

着物に合わせて下駄をチョイスしたのではなかろうか。その逆も然り。

漱石先生は神経衰弱になるほどの観察眼なので、文字にする際、細部まで画が明確に見えてたと推測します。


漱石の脳内ビジュアルイメージがどうだったろう?と考察しているので、ちょっと気になりましたww