第三十一話 転機・世界の敵
その日、正月の三が日を過ぎて自宅でのんびり冬休みを満喫する日。
しかしてその予定は朝から、くつがえさせられた。
姉に叩き起こされた。
いつもの甘い朝ではない。
姉の血相が変わっていた。
「逃げなさい。すぐ学園へ逃げるの!」
逃げる。
何から?
「いいから」
せめて服を着替える時間を、と姉に部屋の外に出てもらい、ドア越しに事情を聴く。
「お母さんは、何があっても私が守る。でも当事者のあなたまで守る余力はないの。学園はきっとあなたの味方よ。学園に早くっ!!!」
動きやすい姿に着替えて、学園まで走ることにした。
最後の母の一言が頭から離れない。
「私たちは、あなたの味方だから」
何が起こったのか、その時の優希には想像もつかなかった。
お腹がすいた。
朝、何も食べていない。
コンビニによることにした。
店に入る。
「出てけー!!!」
入店拒否された。
仕方がないので次のコンビニによる。
旦那に包丁持って襲いかかられた。
それでも味方の奥さんが、旦那を抑えているうちに抜け出した。
「助けたくはないけど、この人に人殺しをしてほしくない。ただそれだけだよ」
奥さんの一言に事態の緊迫差が伝わってきたが、あいにくとどう考えても思い当たる節はなかった。
「殺す。娘の未来のためにも殺さなきゃならんのだ!!!」
旦那の錯乱は、優希を混乱におとしめるだけだった。
何が起こっている?
思い当たる節は全くない。
というか昨日まで、普通にあのコンビニによっていた。
今日何かが起こった。
そう考えるしかない。
今日何が起こった?
優希は商店街に出る。
電機屋さんでテレビが放送されていた。
優希の家が、映っていた。
燃えていた。
アナウンサーが何かを、その放送に対して言おうとしていたが、優希にはそれを聞く余裕はなかった。
優希は、家に帰ろうとした。
道を阻まれた。
朝も早いというのに、かなりの人数が優希の前に立ちふさがる。
「すまん、優希君、君は死ななきゃならんのだ」
「殺せ!」
「殺せ!!!」
二十人近くの老若男女が襲いかかってきた。
素人だけに殺気というものが薄かったが、殺そうという気配は濃かった。
優希にも本気で対応する。
そうしなければ、この人数。
暴力の前に殺されてしまう。
「時縛り」
広範囲なので制御に自信はなかったが、それでもやらなきゃ自身が殺される。
相手を殺すわけにはいかない。
一番の策だったのだ。時縛りは。
それでも縛り切れなかった何人かが襲いかかる。
「お兄様、こちらですわ」
「愛ちゃん!」
隣に黒い車が止まったと思ったら、親しい顔が覗いた。
「早く乗って」
「うん」
開け放たれたドアに飛び乗る。
ドアが閉まるより早くに、車が発進する。
何人かがそれでも追いかけようとしているが、さすがに車には追い付けないようだった。
運転は石原だった。
「いったい何が?」
「詳しくは学園でお父様―――校長に聞いてくださいまし。わたくしも、お兄様を学園に連れてくるように、としか…」
「うん、助けてくれてありがとう」
「家族ですもの。当然ですわ」
家族。
そういえば愛子や魔人、会長が兄弟と分かってから、まだ一度も校長と二人きりで話したことはない。
始業式などでお話を聞いたりすることはあったが、それだけだ。
ほどなくして学園に車が着く。
いつも開け放たれている校門が重々しく閉ざされていた。
学園の敷地がでかいので、校門以外でも簡単に侵入できる、と、常に開いていた門が、だ。
校門が開く。
空気が校門の外と中で違った。
フィールドが張られている。
結界の役目をはたしているようだった。
「わたくしがいると、結界がキャンセルされるので、ここまでですわ」
そして一言。
「お兄様、愛していますわ」
事態が事態だけに愛子も混乱を隠せない。
でも、それでも私は味方だ。
愛子の言葉はそう語っていた。
嬉しかった。
頼もしかった。
「ありがとう」
そこからは歩いて行った。
石原が珍しく愛子のそばを離れた。
この緊急事態に、だ。
「お嬢様も心配ですが、今は優希様です」
かつては、ユピテルの位を授かった戦士だ。
そのボディーガードも頼もしかった。
しかし、ユピテルという単語で現実に引き戻される。
生徒会長占拠本選までに事態は収拾するだろうか。
本選までの日数は、もう二週間を切っている。
そんな心配の中、校長室にたどりついた。
ノックして一人で入室する。
石原はドアの外で一礼して去っていく気配が感じられた。
獅子のごとし人物は、戸惑いを隠せないでいた。
何かこの人と会う時はいつも困った顔をしている。
前の天空船事件でもそうだが、そういうイメージに固まりつつあった。
困ったライオン。
「すまんな、お前とは父親として、そういう日時、場所で会いたかったのだが」
「何が起こったんです?母と姉は大丈夫ですか。家が火事になっていたみたいですが?」
その質問に獅子はゆっくり答えた。
「あわてるな、この学園の力は一国の武力にも相応する。ゆっくりと聞くんだ。いいな?」
「はい」
そして、獅子は口を開いた。
「まずお前の家族だが、家が燃やされただけで心身ともに健康だ。年のため、この学園の息がかかった病院で今、精密検査を受けている。まあ元気いっぱいで、対応に困ると言っておった」
ほっと優希は胸をなでおろす。
「そして、この事態に陥ったわけだが」
空気が急に張りつめた。
息をのむ。
「今から千年前に、あるプロジェクトがあった。習ったな?」
千年前のプロジェクト。
思い当たるのは一つ。
「四つの力の根源が、一つであるということを確かめる実験。確か五百光年近く離れた場所で無人で行われた……」
「そう、その結果第五の力が発生したという、あの実験の情報が入ったのだ」
そういえば、今年で実験から五百年。
光の速さで発信された情報が、この星に届く年だ。
「その結果」
獅子の咆哮。
それほど大きくないその一言は、しかしその事実の大きさから、深く脳を揺さぶった。
「悪魔の来襲が判明した」
「そして、その悪魔は優希を狙っていると、報道された」
「!?」
意味が通じない。
しかし事の大きさはわかる。
「え、と?」
「実験機は次元の壁を破るほどのエネルギーを生み出し、高次の存在である悪魔を招き入れた」
素直な疑問。
「なんでそれが地球に?」
五百光年も離れた地球に、何の用があって訪れる?
「思い当たる節はないか」
世界律変換。
プロパティの書き換え。
優希が決める宇宙の未来。
その決断。
悪魔がそれの邪魔に来る?
「なんで、なんでそんな高次の存在が、たかが三次元のこの宇宙に介入するですか?」
自分より低次の世界に介入する意味が分からない。
なんで?
そんな取るに足りないことを?
なんで?
「すべては彼女が答えてくれる」
獅子が客室のドアを指差した。
「そこにいらっしゃる」
優希には誰が待っているか分からなかった。
ただ、真実がそこにある。
「聞いてこい。世界の真実を」
獅子にうながされ、ドアに近づいた。
そしてドアを開けると、そこには。
彼女がいた―――。
