ここのところ『ご縁』を感じることがよくあります。
仏教でも言われる『縁起』。
ここからは少ーし、怪しい内容になります。笑
当然ですが、僕らは1人で生きているわけではなく、いろいろな人や生き物、もの、地球、惑星の間で生きています。だから生きることができるわけで、1人で生きていくことは当然不可能です。脳も1人であると感じてしまうと自害するように働いてしまう。
つまり出会いや別れ、一つ一つの個のつながりを縁というのではなく、すべてが一つであるということが縁なのではないか。個でありながら縁を少しでも感じられると幸福感に包まれる。縁を全く感じることができなくなると、個を放棄することで無条件の縁の世界へ解放する。
こう考えると、どう生きることが幸せなのか。
人生は個になることからスタートする。しかし実際は肉体、魂が個になっただけで縁で包まれていることに変わりはない。どんな荒波がこようが、それもご縁のひとつ。ひとつひとつ噛み締めて受け流したり楽しんだり。変に抗ったり、言い逃れはしない。必ずご縁があるのだから。
世界は混沌としています。日本は原発事故、放射能・汚染水もれが発生。今までの路線を完全否定されたはずがTPP、五輪、アベノミクス、集団的自衛権?などなど抗ってますね~。まだまだレールを乗り換える勇気はありません。これでは本当の意味で荒波の底を乗り越えることは不可能でしょう。しかし、今までの経験上、この底を乗り越える術を持ち合わせていないのも事実です。
でも大丈夫。すべては一つ。縁に任せながらみんなで創造していけるはずです。