データ美容は 現在の美容業界を敵に回していることは 百も承知です。

 以前、組合の講師の方たちにこんなことを言いました。

 「現在の施術方法は 「できない!」ということを教えているんですよ!」といったことがあります。

 というのは 実際に今教えている施術方法は どんなに頑張ってもオーダーメイド技術が出えきないのです。その理由は 錯誤による採寸結果に間違いが起きているからなのです。

 ただ、それらの錯誤が、ゲシュタルト崩壊と言う脳の働きによって、見ている人たちの脳から消されてしまうために 錯誤が起きていること自体が消されてしまうのです。そのために 絶対にオーダーメイド技術ができないのです。

 

 実は この言葉は 私自身が 痛感してきたことなのです。教えられたとおりにしても どんなに頑張っても 思い通りの施術結果を創り出すことが出来ませんでした。当時は 自分だけができないのだと思い込み、落ち込みましった。

 だから すぐに、美容師を「辞める!」という答えを出しました。

 

 ただ、通信教育の講習費を支払ってしまっていたために どぶに捨てるような真似をしたくなかったために 免許を取ってからでなければもったいないことに気が付いたのです。

 だから 3年間のうちに 免許を獲得しなければならないと覚悟を決めました。覚悟を決めたときから 見えてくる世界が変わってきました。

 

 それからの自分は 全く違う自分になりました。写真を撮ってみて はじめて自分自身の甘さにショックを受けました。自分だけが視覚情報の間違いを持っていると思い込み、みじめな自分を受け入れることにしたのです。

 

 とにかく時間を確保して 練習に励み、3年間で一通りの技術を習得し、国家試験までは我慢することにしたのです。

 「辞める」のだから、一通りの施術方法を学び、実際には すべて 自分の視覚情報を修正しながら、独自の施術方法を考えました。

 基本通りにしても「できない」自分なのです。どっちみちに「辞める」のだから 他人の評価を気にする必要はないのです。「辞める」という決心が 自分自身を解放してくれ、他人の評価を気にしなくなりました。営業中は 叱られること覚悟で自分の考えに従って施術しました。

 

 執着を捨てることによって 自由を手に入れることが出来ました。国家試験までの我慢です。あとは 転職し、自分自身の才能を伸ばしてゆけばよいのです。基本通りにしてもできないこの仕事に執着するつもりは全くないのですから!

 

 ところが こうして「自分」を捨てたときから 異変が起き始めたのです。

 恥をかき捨て 1年もたたない新入りの私が 「カットコンテストに出る。」などどいう気違いじみた行動を起こしたのです。そして その結果は 予想しなかったものでした。予選を1位で通過してしまったのです。

 私の心の中は 「そんな馬鹿な!」「なぜこんな間違いが起きたのだろうか?」という言葉が渦巻いていました。 

 実は この時、入賞するなんて言う欲がなく、ただ、私は切りすぎになるのが嫌で、基本の長さではなく4~5センチ長くカットしていたのです。

 

 そんなわがままな私は インターンになると同時に 「店長」になってしまったのです。またしても「そんなばかな!」という事態になったのです。だから 必死に断り続けたのです。

 しかし、根負けし、またも ダメになるはずだから「辞めればいいや!」という逃げ道を作り、承諾してしまいました。

 

 ところが 就任10か月後の7月には 見習いが見習いを3人使う環境にありながら、1日に 31人をこなす忙しい店になりました。この時、友人に31人こなしたこといったところ、軽蔑の視線で魅入られました。その頃31人という数字がどういうものなのかがわかっていなかったのです。

 しかし、翌年の5月ごろ、ニュースで、カットコンテストの優勝者がインタビューを受けていました。アナウンサーが 「1日何人ぐらいをこなしますか?」と聞いたところ 「そうですね、一日十人が限度というところでしょうかね。」という答えを聞いて、私の言った31人という数字がとんでもないことであることに気づきました。

 

 それからは こうした幸運な出来事は 絶対に言わず、目立たないようにすることにしました。美容組合などの団体には参加せず、「普通」の美容師を目指し、目立たないようにしていました。

 とにかく 私の施術方法は 美容業界の方法とは全く違っているのですから 恨まれることは解り切っています。そんな危険を冒す必要はないのです。ほとんどが固定客ですから経営は安定しているのです。わざわざ騒ぎを起こし、注目される必要もないのです。

 

 

 ところが また霊感師さんが出現したのです。二人目です。その人との出逢いは 彼女が成人式を迎えるときにアップセットで 2~3回来店されました。

 その後、10年ぐらいたった時、料亭の女将をするので、週に2回ぐらいアップセットをお願いしたいといい、割安価格でお願いしたいということでした。セットのお客様が少なくなってきていたころなので、腕を磨くには良いチャンスだと考え、引き受けることにしました。

 そして 来店するようになったころ、彼女は 「交通事故にあってから 霊感が鋭くなり、いろいろなことが見えるようになった。」ということを言われるようになりました。そして 来店するごとに いろいろなアドバイスをくれるようになりました。

 

 しかし、私は常に聞き流すようにしていました。

 というのは 以前の平田照美さんのように、いろいろな予言をし、名前まで当てられたという体験をしているので 霊感の恐ろしさを知っていたので、信じないように聞き流していました。

 

 ただ、この頃、私の妻は 自分自身の娘を虐待していたので、なぜそのようなことをするのかという悩みを図々しくも相談していました。そして 彼女のアドバイスによって随分救われることがありました。

 彼女の予言もよく当たりました。私が 大腸がんになった時にも これでは死なないから大丈夫!と言ってくれました。そして ステージ4であったにもかかわらず、手術後経過が良く、完治しました。

 

  そして 彼女も私に平田照美さんと同じようなことを言い始めたのです。わたしが指導者になる運命だと伝えてきたのです。彼女は 6~7年かけて 説得してくださいました。

 

( その頃だと思いますが、女性自身と、女性セブンに「奇跡の霊能者」として平田照美さんの記事が掲載されたのです。)

 結局、熱心な説得に負け、やることにしました。しかし、どうしたら良いかわからないことを伝えると、「大丈夫です。ガイドが出現しますから。」と言いました。

 

 そうした言葉を真に受け、行動することにしました。以前の予言の時にも、やる気がなく逃げていた私です。とにかく手短に済まそうと思い、本にすることにしました。本にしておけば 教えるという面倒な仕事を省くことが出来ると考えたのです。いくつかの出版社に、連絡したところ、美容関係の出版社から連絡があり、直接その出版社に向かいました。書きたい内容を目次にし、どんな内容を書くのかを伝えようとしました。

 そして その内容を見たとき、女性の編集長は ゴールデンバランスの項目を見たとき、「なぜ、ゴールデンバランスを学ぶ必要があるのですか?」と聞いてきました。

 この時私はびっくりしました。ものを習うときの基本は お手本(ゴールデンバランス)の真似をすることなのです。習い事は まず、お手本の真似をし、その体験を通して どうしたら同じように奇麗にすることが出来るのかを身をもって覚えることが出来るようになるのです。とにかく基本形の「真似」をすることが重要なのです。

 

 この時に 初めて自分が何をしなければいけないかを実感しました。(ガイドが出て着るとは こういうことだったのですね。)

 実は 絵を描くとか、習字を習うという体験を通して いろいろな習い事を覚えてきましたから、真似することの重要性は知っていました。

 とにかく頭部骨格のゴールデンバランスを視覚化し、そのまねをさせようと考えました。

 

(この後も 入れ替わり、立ち代わり10年単位で霊感師さんが出現し、後押しするように励ますのです。)