コンテストの予選結果のもみ消しは 私にとって 当然のことだと思いました。

 なぜなら 入店して1年もたたない新人が 突然出たカットコンテストにおいて 入賞してはいけないのです。ほかのスタッフが納得しないのではないでしょうか?

 そして 自分自身は3年したら、やめるのだから 当然ほかの人たちが入賞するべきだと思ったからです。

 

 このことをきっかけにして、スタイリストデビューすることができました。しかし、2年後には辞めるのですから、このころには お客様の要望を叶えるための方法はどうしたらよいかという考えしかありませんでした。自分にはうまくできない施術方法はやらず、自分独自の方法で施術するしかなかったのです。

 それと同時に 仕事を選ぶという意持ちがなくなりました。2年後には「辞める」のだから 今更仕事を選んでも意味がないと思えたのです。面白い仕事も興味のない仕事もすべて体験しておこうと考えたのです。

 だから チラシ作りや、駐車場の看板づくり、垂れ幕づくりまでいろいろなことに挑戦していました。似顔絵を描いていたことや習字を習っていたことが大いに役立ちました。

 「辞める」という決心は 私に「自由」を与えることになりました。

 

 そして 1年後、インターンになることになりました。

 あと1年すれば 免許を取得できるのです。きっぱりやめることができるのです。

 

 ところが ここでうまい話が転がり込んできました。

 名古屋の笠寺に新店をオープンすることになったという話が舞い込んだのです。

 実は そのころ、セット技術のうまいところに移ろうかと考えていたのです。それまでは 美容師は絶対にやめようと考えていたのですが、開き直りの接客が功を奏し、多くのお客様にかわいがられるようになり、ちょっとした「未練」が出てきたのです。

 

 そんな時期に 新店オープンの話があり、新しい店に移動しないかという話が来たのです。どっちみち、どこかに代わりたいと考えていたので、ちょっと心が動かされたのです。

 「誰が店長になるのですか?」と聞いたところ 「原田先生が店長でやる。」という返事が返ってきたのです。

 

 今まで原田先生と一緒に仕事をしたことがなかったので、一緒に働いて仕事を見せてもらいたいと考えたのです。だから 移動することをOKしたのです。

 

 ところが オープンし、営業が始まったころ、岡村マネージャーが とんでもないことを言い始めたのです。

 「店長にならないか?」と言ってきたのです。

 「はあ?」と驚くと同時に、この人は 何を言っているのだろうか?何を考えているのだろうか?ひょっとして 何か勘違いしているのではないだろうか?という疑問が あふれ出てきました。

 

 そんなことできるはずがないのです。私は「美容師免許」もないのです。そんな身分で 営業できるはずがないのです。

 おまけに私は 1年後には やめるのです。免許を取ったら、ほかの仕事に転職するのです。

 あまりの無謀さに 驚いたのです。

 

 ところが 何度断っても しつこく説得してくるのです。

 この人たちは 私が店長になったら、見習いが見習いを3人使って営業するという状況を分かっているのだろうか?という不信感を抱きました。

 

 しかし、「辞める」という決心は こんな大胆な提案を受け入れる余剰を創り出していました。どっちみち免許を取ったらやめるのだから それまで 体験できないほどたくさんの「失敗」をさせてもらおうと考えたのです。

 

 このころの私には 「失敗」という体験が宝物になっていたのです。失敗するごとにお客様にどこが悪かったのかを教えてもらえることに気づいたからです。

 

 このころから 「失敗」するということが 大きな「学び」のチャンスであることに気づくようになったのです。そして「失敗」という体験が 他者からの手助けを運んでくれることに気づいたのです。

 

 それまでの私は 「失敗」という体験が自分自身を不幸に陥れるのではないかと考えてきましたが、「失敗」には 実に大切な宝が隠されていることに気づくようになったのです。