「人生前向きクラブ」は たくましく生きる方法を探ってゆくシリーズです。
今回は 「いじめ」や「虐待」がなくならない訳をご紹介します。
「いじめ」や「虐待」が生まれるのは 自分の考え方との違いを受け入れられないときにおこりやすいのです。
しかし、集団生活において ほかの人との考え方に違いがあるのは 当然なのです。
この様に同じペットボトルを見たとき、その人の経っている位置によって 見えているものが違うのです。
そして それぞれの視点の違いによって見えているものに違いがあるのは 当然なのですが、集団生活に慣れていな人に取って その違いが許せないと感じることがあるのです。
この時、「いじめ」や「虐待」が起こりやすくなります。そして 相手も同じように違いに不満を持っていると、「ケンカ」になります。
「ケンカ」をすることによって 相手の考え方がわかるようになり、コミュニケーシションの方法がわかるようになるのです。
ところが 「喧嘩」することがを防ごうとして ぶつかり合いを避けて 「いじめ」という視点になり、加害者と被害者にしてしまうことによって コミュニケーションをするための学びを断ち切ってしまうのです。
生きてゆく上において、コミュニケーションはとても重要な役割を果たします。「ケンカ」を無くするために「「ケンカ」になる前に「いじめ」として加害者と被害者に分けてしまうことは コミュニケーションの発達を断ち切ってしまうことになるのです。
昔は 「子供の喧嘩には 親が口を出してはいけない。」と言われました。その理由が コミュニケーションの発達を妨げることになるからなのです。
そして 昔のの親は 「喧嘩両成敗」と言って 子供の喧嘩には口を出さず、終わった時に、お互いの話を聞き、不満を理解し、受け入れる方法を教えていたのです。この、喧嘩両成敗は 加害者とか、被害者という犯罪者的視点を創らなかったのです。
両成敗にすることによって 成功体験と敗北体験から学ぶことができたのです。加害者と被害者にすると上下関係ができてしまい、コミュニケーションが円滑に行かなくなるのです。
「ケンカ」を通して痛みを知り、傷つくことで 生きる方法を学んでいたのです。ここで重要なことは 人間関係を結ぶためには 上下関係があるということを知る必要があるのです。その上下関係を知ることによって 自分自身の言葉遣いや態度をどのようにい取るべきかを学ぶことができるのです。兄弟が多い人たちがたくましいのは こうした環境によって創られていたのですね。
一番重要なことは 「被害者」にしないことです。期待されるためには 「被害者意識」というのは 向上心の妨げになり、「出世」を阻みます。



