データ美容が神様からの贈り物というのは どういうことでしょうか?

 

今、思い返してみると 私が美容師になってからお驚くような幸運がめぐってきました。今は それが幸運だったと思えるのですが、 当時の私は なぜこのような事態に陥っているのかが全く分からず、「辞める」という目標に向かって必死に頑張っていました。

 

入店して 11か月たった頃 カットを覚え始めた私は 早く覚えるためにカットコンテストに出ることにしました。カットコンテストに出るという名目があれば グラデーションカットを教えてもらえるのではないかと考えたからです。3年経ったら、国家試験に合格し、免許を取ってから辞められると思っていたのです。生意気だと思われようが、傲慢だと思われようが気にしませんでした。

 

とにかく3年経ったら「辞める」という固い決心が 私を驚くほど前向きに動かしていました。

 

そして コンテストに出場した時、驚くような結果が出たのです。

 

人数が多かったので 前後に分かれ、予選が行われたのです。そしてその予選で私は トップになってしまったのです。

偶然にも私は 採点の集計係だったのです。だから その結果を確認することができたのです。偶然にしてはできすぎです。なぜこの余殃な間違いが起きてしまったのかと考えましたが その理由は全く分かりませんでした。

 

その時から なぜこのような’まちがい’が起きたのか理由を知りたくなりました。

 

そして 1年たった頃、スタイリストデビューしました。その頃心に決めていたのは 絶対に基本通りにはしないということでした。

 

なぜなら、私は基本通りにしているつむりでも 全く思い通りの仕上がりを実現できなかったからです。自分自身の才能のなさに気づきながら、「辞める」という決心はますます強くなり、自分竹の施術方法にトライしていったのです。

とにかく思い通りにできないことに驚き、自分の頭の中が壊れているのかと落ち込んでいました。

 

そして あと1年すれば国家試験を受けることができるというインターン期間に突入しました。あと1年我慢すれば 辞められるという喜びにあふれていました。

 

ところが その頃、笠寺店をオープンするから そちらに移らないかという話になりました。どっちみち辞めるのだから 環境が変わる方が楽しいかなと考え、誰が店長なんですか?と聞いたところ、原田先生がトップに立つお教えられ、先生の仕事が見られるならと考え、移ることにしました。

 

ところが 決心したときから 大きく話が変わりました。私に店長をやらないかという話に代わったのです。

 

そんな馬鹿な話はありません。免許も持っていないインターンがなぜ店長になれるのですか?

原田先生と岡村マネージャーが強烈にプッシュしてきました。

 

「辞める」ことしか頭にない私には 「この人たちは何を考えているのだろうか?」失敗することが目に見えているのに 何をかんがえているのだろうか?

 

とにかく断ろうとしましたが、とうとう説得され、どっちみち、1年経ったら「辞める」のだから 「失敗させてもらおう!」とお決心しました。

 

当時の私は このことをチャンスだと解釈することはできませんでした。とにかく、失敗させてもらうという開き直りの心構えでした。

 

この時も、頭の中は なぜこんな間違いが起きているのだろうか?という疑問符しかありませんでした。「怖い」という恐怖心を抱く暇もありません。「辞める」という開き直りの決心が 小心者の私を変えていったのです。

 

失敗するチャンスを与えられたと考えれば いい経験になると思いました。

 

インターンになったばかりの私は 自分の予想とはかけ離れた 3人の見習いを使う立場になってしまったのです。

 

今思えば 周囲の人たちの温かい目線に包まれていたことが理解できますが、当時の私には 目の前に来たお客をこなすことに必死でしかありませんでした。

 

そして オープンして11か月目に一日、31人をこなさなければならないほどお客様に恵まれました。

 

当時、7月に1か月間インターン講習があり、通信で一緒だった仲間が集ったのです。その中で一人の友達が 「この前の日曜日、俺の先生は 一日に32人もこなしたんだぞ!」と自慢げに話したのです。

 

その話に乗って 私も『俺もこの前一日に31人やったよ!」と言ったところ、その場の空気は 突然冷ややかになったのです。

私には その理由が全く理解できませんでしたが、言ってはいけないことを言ったのだということは感じました。

 

この頃から 私はこうした仕事の話はしないようにすることにしました。コンテストで予選をトップで通過したことも、インターンになると同時に店長になってしまったことも、オープン後、11か月で一日、31人こなしたことも 口外しないことに決めました。

 

その後も 強烈な運命に引きずり回されることになるのです。悲しいことに 私には そのことを幸運だと思う余裕はなかったのです。とにかく仕事に追いまくられていました。