稽留流産の診断後に書いている記録としての振返りのブログです
生々しい表現もあるので苦手な方お控えください。![]()
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深夜1時。
尻の穴の奥の痛みがピークに達し、呻き声が思わず出てしまう。
次の瞬間、激痛すぎて叫び声を消すために両手で口を覆った。
恐る恐る便器の中を覗いたけど何も出ていない。
あれ??と思ったちょっとの時間差で何かが・・・
大きくて柔らかい何かが出てきた。(当たり前なんだけど、尻の穴じゃなかった)
水族館のふれあいコーナーで幼少時代に触ったことのあるような感触の生き物の温かいバージョン・・・なんだっけな。。![]()
肝臓って感じか。
肝臓が出てきたのだ。(違う
)
簡単に片手で掴めるほどの大きさだったため、試しに拾ってみて中を確認したけど特に何も入っていない。
胎嚢もまあまあ大きくなっていたため、確認できると確信していたので、絶対に拾い上げたいと思っていた。
その後、痛みのピークが嘘のように去り、携帯をいじってツイッターに書き込んだり、見たり、漫画を読んだりと15分ほどしていて
「あれ?もう終わりか?」
と思って流して、ベッドに帰った。
そしたら、また直ぐに激痛がやってきて、トイレに駆け込む。
駆け込んで、痛みにもだえ苦しんで、ふっとした時に大きな塊や出血がドッと出てくる傾向があった。
何とも言えない痛みの方で涙が止まらない。
だけど、自然と、変な話かもしれないけれども赤ちゃんとの共同作業のように思えて、赤ちゃんを感じることができた気がした。
不思議と心強い。
痛みがなくなっても、また直ぐに痛くなるのだろうと思い、トイレに座ったままという選択肢もあったけれども、太ももが便器の固さで痛かったため、リビングのソファーに厚手のバスタオルを何枚も敷いて布団にくるまって待機していた。
暖房の音と、その風に揺られている観葉植物にぶら下げた鈴の小さな音がチリチリと聞こえるだけだった。
眠ろうとしても、痛みがやってくればトイレに駆け込む。
5回目にトイレに駆け込んだ時には、便器の中は一気に見たことの無い黒と赤の世界になり、よくこんな血液を出しても自分は生きてられるんだな~と感心したほど。
この時、3時。
どんどん痛みの感覚が狭くなり、ついにトイレから一歩も出ることができなくなっていた。トイレに持ち込んだ漫画の存在すら忘れていて、ひたすら痛みに耐えていた。
遠くで新聞配達の音が聞こえる。
出血の量、内容物も多くなっていって、最初は胎嚢をこの手で掴む!と意気込んでいたものの、気力が0になり苦しさしかなくなっていった。
そして、一瞬の痛みが軽くなった瞬間を使って、私は自分の携帯電話のメモ機能を使って遺書を書いたのだ(苦)
・私が死んだら、骨壺の中に婚約指輪と結婚指輪、夫の分も入れてください。とても気に入っていました。
・素敵な人と巡り合ったら、私のことは考えず再婚してください。応援しています。
・実家にある私の学生時代のPCは絶対に見ないで破壊して捨ててください。(←黒歴史すぎて見られたら成仏できない・・・)
・家族に今までありがとうと伝えてください
とかなんとか、死を覚悟しました;;
救急車を呼んでしまう人の気持ちは、ものすご~~~~くよくわかりました。![]()
サバサバした女医さんが
「普通の生理として対処してください」
とか言っていたけれども
えぇえ!?
あなた、これ体験したこと無いんでしょうね!?!?!?!
普通の生理として全くもって考えられないんですけどぉおおおおおぉ!?!?![]()
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あなたの普通の定義を教えてーー!
テルミーホワイーー![]()
例の涼しい顔の女医さんに対して、心の中だけで静かに、でも激しく思う存分罵倒しておりました。![]()
私はPMSは酷くても、生理痛はとても軽い方だったため慣れていないのもあるかもしれない。
今まで痛かったのは山で転んで尻を強打した時と、コンクリートで顔面から転んだ時と、歯髄炎で頭をバッドで殴られたような感覚を3日間続いたときくらいか。それに比じゃない痛みだった。(私の経験比です、あくまで;;)
トイレで私、死んじゃうのかな・・・。
とか考えながら、ふと思ったのが
この排出が
仕事中でも移動中でもなく
深夜の夫が眠っている時間帯で
トイレを取り合う確率も少ない時間帯に始まって
お腹の子は、かなり気を遣ったんじゃないか・・・と思った。
決して「良い子」とはいいたくない。
自分が親になったら、子どもが親の顔色をうかがいながら言動を決めることは絶対にして欲しくないと常日頃から思っていて、本当に申し訳なさでいっぱいになった。
今度生まれてくるときは、本人の意思をしっかり聞いて尊重できる母親になりたい、と切に願った。
わがままを聞いてあげたい。
だから、だから絶対にまた私のお腹の中に来て、今度はこの手に抱かせてよ・・・。お願いだから・・・。
痛みの感覚が少しずつ広がり、もう終わるかな・・・と思った朝6時。
今までにないくらいの大きな塊が音もなく静かに流れ落ちた。
朦朧とする頭の中で
「ああ、これが流れ産み落とす・・・流産ってもんなんだな」
なんて他人事のように考えた。
東の空が白み始めて、夜明けが近づいていた。
どこかの家で一日を始める音もしてきた。
きっとこの中に、胎嚢があるんだろうと思ったけれども、あえて中をかきわけて開くことはやめた。
ネットではクリニックに持っていくことを推奨していたものが多かったけれども、うちのクリニックでは特に指示はなかったのもあるが・・・。
ありがとう、また来てね。
待っているからね。
あなたは間違いなく私たちの第一子だったよ・・・。
と手を合わせて、そのまま別れを告げた。
身体の痛みは嘘のようになくなり、今度は心に重さを感じて寝ている夫の隣に入った。
「大丈夫?」と割としっかりした声が聞こえた。とっくに目が覚めていて起きていたのかもしれない。
「赤ちゃん、行っちゃった・・・。もうお腹にはいないんだ・・・。」
喪失感でいっぱいになって泣いている私を抱きしめてくれた。
「また宿ってくれるのを祈ろう・・・
大変だったね、本当にお疲れ様・・・」
この夫の妻で本当に良かったと思った。
心も体も、本当につらい、長い長い夜
その夜の、夜明けの一歩だった。