義祖母との約束 | あした天気にな~れ!

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母子家庭一族に嫁入りしたキテレツ体験を綴るBLOGでした(過去形)2009年12月に別居、2010年12月に出産。昨日より今日、今日よりあした、マシになれ♪

ほんの少し話は逆戻ります。

11月の連休の初日のことです。


旦那と一緒に義祖母のお見舞いに行きました。


義祖母が大好きなヨーグルトを持って行きました。

私たちの顔は忘れても、

もしかしたら反応するかなと思ったのです。


ベッドで力なく横になる彼女には孫の顔も

当然のように孫の嫁の顔も分からないようでした。

ヨーグルトにも反応することもなく気力もないようです。


点滴もグローブも外され、呼吸器だけつけていました。

話すのも苦しそうな様子でしたので早めに切り上げます。


私 「またお見舞いにくるね(・∀・)」


義祖母「うん、またきてね(´ω`)」




その次の水曜日、義叔父が残りの荷物を取りに来ました。

残りの荷物とはガスコンロに電子レンジなどなど。


義叔父「来週、ばーちゃんが退院するから

その前に、世話できるように準備しなきゃいけないから」


あんなに衰弱しているようにみえた義祖母が

退院できるほど元気になったということなのかと思っていると…


義叔父「ばーちゃん、もう治らないから、

退院しろって言われたんだ」


誰に?(´д`;)



そんな状態で出たら即死のような気がするのですが

キノセイでしょうか(´д`;)


病院っていうのは、そいうことをいうのですか?



今、この記事を書いていて病院から出ろ と言ったのは

病院側からではなく義母ではないか?

と一瞬だけ思ってしまいました…


そ・・そんなことはないですよね((((;゜Д゜)))そう信じたい…




そして最後の荷物を持って義叔父は自分の新居に行きました。

ちなみに義叔父の新住所は知りません。


義祖母に「またお見舞いに来るね」と約束をしていましたが

退院するという話を聞いたので、お見舞いに行く機会もなく

私たちは、そのまま引越し週間に入りました。


12月1日

新居の鍵をもらい、新居の掃除をしました。

旦那は義叔父に電話をし、2日に義母が下山する時に

旧居の鍵を預かって欲しいとお願いします。


12月3日

義母が下山する日だったようです。

2日の予定だったのが3日に変更になったそうです。


私たちは旧居で荷造りをしていました。


義母が押しかけてくるんではないかとヒヤヒヤしながら

荷造りしていました。


しかし来ることはなく平穏無事に夕方になりました。


庭側からトラックに荷物を積んでいると

玄関からチャリン♪という音がしたので、私は振り向きました。

玄関横にあるスリガラスの窓に映った影は義叔父のものです。


私 「あ…あれ?義叔父さんだ!」


旦那「え?(携帯の着信を確認)

電話入ってないし…おじさんだったの?」


玄関に行くと、先ほどのチャリン♪という音の原因が分かりました。

スーパーの袋に入った、鍵が2つ。


私 「鍵だもん、義叔父さんに間違いない!」


旦那、義叔父に電話します。


旦那「出ねぇし(´д`;)」



私 「まさか…



引越しの手伝いさせられたらたまらねぇ



って声をかけずに鍵だけ置いていったとか…?」





旦那「もう他人だって、ことだろむかっ





正直、今まで甥っ子に住宅の世話になっていて

お礼の一つも言えない人というのは、どうなのかな?と思います(´д`;)




お前のせいで苦労するんだ!と思われているのなら逆恨みだし…


そして、着々と引越しは進み、5日の午後、不動産に旧居の鍵を返し

夕方には県外の新居に到着。



荷物を運び込んだだけの状態でしたので

とにかく寝床と…パソコンの設置を…(´д`;)



そして、

くたびれはて倒れこむ私たちの眠りを旦那の携帯電話の着信が妨げました。


眠い目で時計を見ると朝の10時です。


義叔父「ばーちゃんが危篤だ


仕事場から病院に向かってる。


こー、お前は、どこにいるんだ?」



旦那「どこって…○県(県外)だけど…」



義叔父「じゃあ、しかたないな」



通話は終わりました。



旦那「ばーちゃんが危篤だって」



引越し前に何かあるんじゃないかと思っていましたが

引越し直後にきましたか…(´д`;)



私 「…N県に戻る?(車で4,5時間かかるけど・・・)」



旦那「おじさんが じゃあ、しかたないな って言ってたから


行かなくてもいいんじゃない?

みぃは、ばーちゃんの世話してきたから、行きたい?」



私 「いや…(´д`;)そうじゃなくて…


こー君のおばーちゃんでしょ?


実のおばーちゃんでしょ?


義叔父さん夫婦と同居していたことがあるって言っていたけど


義叔父さんに世話になっていたわけではなく


おばーちゃんに

世話になっていたんでしょう!?」



義叔父さんは甥っ子である旦那を世話してやったように

言っていましたし、旦那も義叔父さんに世話になったというので

最初はそれを鵜呑みにしていましたが、よくよく話を聞けば


・義祖母の所に義叔父夫婦が転がり込んだ

・義祖母の所に旦那が転がり込んだ


みなさん、おばーちゃんに頼りきりですね

という状態だと分かりました(´д`;)


義祖母、よく皆を抱え込んだと思います…



旦那「う・・うん・・・俺、おばーちゃんっ子だったしね…


私 「こー君はどうしたいの?」


旦那「寂しいと思う…






けど







それ以上に







おふくろが面倒くさいから

行きたくない(´д`;)」



…(´д`;)



村八分とは


十分の交際のうち葬式と火事の消火活動の二分以外は

付き合わないと言う意味の「のけ者」のことです。


なので、どんなことがあっても

葬式くらいは行ったほうがいいのだろうと思っていました。


実際、私は実の祖母(父方)の葬儀に体調不良のため

参加しなかったため、それを理由に父方の親戚から弾かれました。


体調が悪くなる通夜前に、祖母の死に顔を見に行きましたが

それなら何故、葬式に来なかったのかと責められました(´д`;)


実父の葬儀に来られない親類もいましたが

私は責めることはしませんでしたけどね(゚ε゚)キニシナイ!!




おばーちゃん






ごめんなさい






私も義母に会いたくないです

。・゚・(ノд`)・゚・。



遠い空の下から冥福をお祈りしています。


機会を見つけて、

今年のおぼんにお参りした誰も眠っていなかったお墓に

おばーちゃんのためだけにお参りに行きます。・゚・(ノд`)・゚・。


そんなこんなしていると

引越しでの無理の反動がきたのか、そのまま旦那ダウン…

原因不明の頭痛と吐き気に襲われ、夜には嘔吐してしまいました(T-T)




その間、ガンガン鳴る携帯電話。




当然のように…





着信 珠子(義母)





ちなみに私の携帯にはかけてきませんでした。




翌朝、旦那も少し回復しました。



旦那「胃が引きつってる感じがする(´・ω・`)」



いつも食欲旺盛の旦那が小食です。

相当調子が悪いように見えます。


また義母からの着信がきました。



義母「おばーちゃんが死んだ…」



旦那「いつ?」



義母「おばーちゃんの夢でも見た?( ´,_ゝ`)プッ」



旦那「みてねーよむかっいつ死んだの?」



義母「えっと…おととい?の早朝…だったかな??


酷く苦しんでね・・・。・゚・(ノд`)・゚・。」



おとといの早朝って…




義叔父からの

危篤を知らせる電話の前!?(´д`;)



義母「おばーちゃんね、

ノートに大きく

お前の携帯番号を書いていた から電話したの」



ノートって…なんの!?


すみません、義祖母の周囲のものは義祖母の家のものも含め

全部みていましたがノートなんてものはありませんでしたが…(´д`;)



義母「今日、骨になっちゃうから、最後にお別れ言ってあげて。・゚・(ノд`)・゚・。」



旦那、少々戸惑い



義母「今、おばーちゃんの耳に携帯を当てるからね。・゚・(ノд`)・゚・。」


旦那「ばーちゃん…元気でな・・・」



うん


なんというか、死んだ人に元気で・・・というのはとっても違和感ですが

いきなりなことですので仕方ないでしょう(´д`;)



義母「言った?」


旦那「うん。


昨日から具合悪くて、昨夜も吐いたよ。


まだ調子が悪いんだ、電話出られなくてごめんな」


義母「そうなの?体は大事にしてね。


美月ちゃんがいるから大丈夫よね?頑張ってね」




と、通話は終わりました。




私 「お見舞いに行くって約束したのに行けなかったね(´・ω・`)」


旦那「また来るねって言ったのにね(´・ω・`)」



義祖母の世話をするのに

日誌(彼女の様子、会話内容や食事内容と量や時間、便のこと)をつけていたのですが

義叔父の帰宅時間や、会話(病院へ行った方がいいというような内容の提案して却下された事)も

含めて書いてあるので、それを見れば誰が義祖母の世話をしたのか一目瞭然ですが

ゴミ箱に捨てるとします(・∀・)


誰が何をしたとか


すべて無意味のように思えてきました。

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義祖母:ハナさん92歳 2009年12月他界。



一人で珠子、ヒデを育て

女性でありながら土方をして定年まで働き

それ以降は歩けなくなるまでレストランで働いていたハナさん。


寝たきりになっても、

「皆が働いているのに自分だけ寝てて申し訳ない仕事をしなきゃ」

働きたがっていました。


「おばーちゃんはもう十分働いたから、休んでいいんだよ。

神様がそういってるんだよ」と言ったら「神様ありがとう」と泣いたハナさん。


私の作る食事を美味しい美味しいと食べてくれたハナさん。

後半は誤解で食べなくなってしまいましたが…

ハナさんの嬉しい顔を見たくて頑張って作りました。

短い間でしたがお世話できてよかったです。


今度こそ何の心配せずに本当にゆっくりと休んでください。



本当にお疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。

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