あなたはそのとき何をしていた? | Mrs.Waywardのひとりごと

Mrs.Waywardのひとりごと

アメリカ暮らしの中で体験すること、感じること。

毎朝子供達を学校に連れて行くときに車の中でラジオを聞いている。

 

一昨日は9/11だったため、ラジオのパーソナリティーがリスナーにこんな質問を投げかけていた。

 

「あなたは、18年前の9月11日、アメリカがテロの攻撃を受けたまさにそのとき、何をしていましたか?」

 

それを受けて私も考えた。あの日、いつも通り出勤すると、会社の人達が大騒ぎしているところだった。すでにハイジャックされた二機の飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んた後だった。

 

誰かが自宅へ取りに帰って持ち込んできた小型のテレビで、会社のみなとニュースをライブで見ていた。仕事どころではない。

 

その時、不謹慎にも、笑いながら「ポップコーンはどこ?」と言った従業員がいたのを今でも忘れられない。アメリカ生まれ日本育ちの若い日本人の女の子だった。(今では3人の子を持つ母。それ相応に成長していることを願う汗

 

その時私は妊娠5か月過ぎくらいだっただろうか。胎動を感じるお腹に手をあて、その恐ろしい映像を目にして固まってしまっていた。

 

夜勤を終えて帰宅し、寝ているはずの夫に電話を掛けてニュースを見るように伝えた後は、ほぼ一日中テレビの前に釘付けになっていた。

 

気持ちが動転して全く仕事にならなかった、と上司への業務報告に書いた覚えがある。

 

その日は私がいままでアメリカで暮らしてきた30年近い年月においてもっともショックで悲しい日。

 

この時を境に、それまで漠然としたイメージとしてしか捉えていなかったテロリズムの脅威が心に植え付けられたと思う。19歳のときに、海外での就職を夢みてアラブ諸国での仕事にも応募したことがあった。今では絶対にありえない選択だ。

 

それ以降、アメリカを始め世界のあちらこちらでイスラム過激派のテロ行為が起きている。世のイスランム教徒のすべてがテロリストではないと理屈では分かっていても、9/11のテロ以来、アメリカ人の心にイスラム教やイスラム教徒に対する警戒心が生まれたとしてもそれを責められるだろうか。

 

私も、以前に住んでいた州で自宅を貸し出す際、申し込み者にイスラム教徒のイラク人がいた。自分はビジネスでアメリカ中を飛び回っているから留守にすることが多いが、妻と子と住みたいと。

 

「うわ~、日本人、初めてホンモノ見た~!」と物珍しそうに言われたが、特に「イヤな人、危険な人」とは感じなかった。

 

しかし、私が住んでいたその界隈は99%白人、ほとんどがクリスチャンであり、皆が皆を知っているという良くも悪くも密接なコミュニティー。

長年アメリカで暮らしていた私ですら住み易くはなかったところ。(近隣100世帯以上、非白人は私と、アメリカ人妻を持ち、大昔にペルーから移住してきた超白人化したオジサン一人、それだけ!)

 

数多い希望者の中からこの人を何らかの理由で選んだとしたら何が起きるか。これまで近所づきあいをしてきた周りの住民からは非難ごうごうだったろう。思いっきり共和党な州の思いっきり共和党な街だ。

 

近所で、ある家族が自宅をリハビリセンターに売却するかもという話が持ち上がったことがあった。すると、私も良く知る近隣の住民たちは、子供達もたくさん住むこの平和な界隈に、リハビリハウス(ドラッグ中毒やアルコール中毒だった人がリハビリしながら生活する)なんかが出来るとはとんでもない!と猛反対。結局反対していたある裕福な家族が自分の成人した子供にその家を買い与えるという形で落ち着いた。けど、その家族はかなり皆から恨まれていたな。

 

それくらいの場所だから、仮にこのイラク人家族が引っ越して来たとしても居心地は良くなかったかも知れない。

 

私達が選んだのは、家を留守にしそうもない若夫婦、子供二人、庭仕事が大好きなおばあちゃん、という家族。広い庭をちゃんとテイクケアしてくれそう、トリプルインカムで経済的に安定している、というのが理由。

 

イラク人は、「半年分、家賃を前払いするから住まわせてくれ~」となぜか超あせっていて、それもちょっと首を傾げた私。

 

アメリカ中を飛び回るビジネス、家をしょっちゅう空ける、お金には困ってないが、なぜか、早急に決めてくれ~と押してくる。

 

ここで懐疑的になるのって人種差別?もっとも私だって田舎町でずっと人種差別受けて暮らして来たけどさ。大学時代には、ヨルダンから逃げてきた学生の友達もいたけどね、いい子だった。つまり、別にイスラム教徒だから悪い人だと決めつけているわけではない。それはホント。でも一線は引く(例えば娘は絶対にアラブ諸国へは嫁にやらない)。

→それは差別だと叫ぶ人は、Not Without My Daughterという映画を見るべし。

 

話しがそれましたが。

 

そんなわけで、毎年9月11日が来ると、悲しい気持ちになる私。

日本を出て30年経つため、日本の災害が起きた日というのはほとんど頭に入っておらず、それって日本人としてどうなの、と感じないこともないのだが、私にとっては、9/11が今までの人生で一番ショックな事件であることはどうしても否めない。

 

このテロ攻撃を

 

『SOME PEOPLE DID SOMETHING』

 

なんて言葉で表現した人間がいた。

Ilhan Omar (イルハン・オマール)という民主党の下院議員。

 

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彼女のコメント全文はこちら。

 "CAIR was founded after 9/11 because they recognized that some people did something and that all of us were starting to lose access to our civil liberties." (CAIRとはアメリカ・イスラム関係協議会)

 

ソマリアから、12歳のときに難民としてやってきた彼女。9/11が起こったとき、彼女は18才だったそうだ。だから、事の重大さが理解できてなかったとは思えない。

 

「嫌なら国へ帰れば?」という主旨のツイートをしたとしてトランプが避難されたけれども、私でも同じこと言いたい。

 

難民としてやってきたなら、本当は戻ることなどできないだろうけれど、受け入れてくれたアメリカで立派な教育を受けることができて国会議員にまでのし上がったような女性なら、歓迎してくれる国はいくらでもあるだろう。

 

イスラム教徒だから差別されている!と文句言う前に、自分がこの国で20年ほども受けてきた恩恵に感謝しろと言いたい。自分はユダヤ人のことボロクソに言ったり、胡散臭いことたくさんやってるくせに。

 

こんなのがアメリカを代表する国会議員の一人なんて本当に残念。

この人のハナシ聞いてると、アメリカを愛しているのか憎んでるのかさっぱりわからない。アメリカ在住のイスラム教徒の代弁しかしない国会議員…。

 

どうか将来こんな人が大統領選挙にゼッタイ立候補なんかしませんように!