結婚記念日 | Mrs.Waywardのひとりごと

Mrs.Waywardのひとりごと

アメリカ暮らしの中で体験すること、感じること。

先週末は結婚記念日でした。17年です。
ギフトは私がリクエストした美味しいチョコレート。一緒に行き、私が自分で一つひとつセレクトしたチョコを箱に詰めてもらったので、サプライズのプレゼントではなかったのですが、でも、好きなのを選びたいのでこれでよし。夜は子供に留守番を頼み、夫と食事に出かけました。

17年、おめでとう~と乾杯しました。17年と言えば長い年月なのですが、夫も私も、なんだかあっと言う間だったなぁと感じています。
結婚で得た最も貴重な財産はやっぱり子供達です。反抗期に入っているとは言え、娘達もかわいい (言うことを聞かないときはかわいくない) ですが、特に末っ子で長男、夫に似た息子の寝顔を見ていると、まだまだ幼くて赤ちゃんぽさが残っていて、かわいくて仕方ありません。これがまさしく結婚によって私にもたらされた幸せだなと実感します。

子供達だけでなく夫のことも大好き(オバサンがそんなことぬかすな!と怒られそうですが)ですし、いつも頼りにしています。やさしくて誠実で、何より私と価値観が同じです。良き夫、良き父親としていつも努力してくれていることに心から感謝です。

今では幸せだと言い切れる自分ですが、アメリカでの独身時代 (私の大学時代) を思い返すと、あのまま交際を続けて結婚に至ったとしたら、今頃絶対に離婚しているだろうと確信できる人も何人かいます。独身時代が結構長かったのでいろいろ経験しました。思いっきり振られた痛い失恋もありましたし・・・。正直、若い時は男を見る目がなかったなと思います。

結婚記念日に限らず、夫と結婚してよかったといつも感じられることは幸運なことだと思うのですが、男を見る目がなかった私が最終的に夫のような人と出会えたのはどうしてなんだろうと考えると、どうしても否定できない想いが頭をよぎります。

私は6才の時に母親を亡くしているため、母との思い出というのは断片的なイメージが多く、母と交わした会話となるとほとんど記憶にないのです。それでも、母が私に伝えた言葉でいくつか記憶に残っているものがあります。それは亡くなる数か月前のことでしたが、僅か6才の私に母はこう言ったのです。

「エリが大きくなって誰かと結婚するときは、絶対にやさしい人を見つけなさいね。」

それは私にとって、その時は何の意味も持たない言葉でした。何しろ6才の幼稚園児ですから。ですが、なぜか分かりませんが、その言葉は私の頭にインプットされてずっと忘れることはなかったのです。忘れることはなかったのに、若い時は「やさしくない男」に引っかかることもありましたが・・・。

私には、夫と出会ったことは母が導いてくれたからのような気がしてならないのです。ただの思い込みかも知れませんけどね。

母は決して、「お父さんみたいな人と結婚してはダメよ」とは言いませんでした。けれど、「やさしい人を見つけなさい」というのはそういう意味なのです。父は全然やさしくなく、思いやりに欠け、自分勝手ですぐに暴力を振るう男でした。家柄、学歴、容姿は良し、性格は真面目。外面は良かったので、傍から見たら、すばらしい夫、父親に見えていたと思います。父と母は恋愛結婚でしたが幸せな時期は長く続かなかったようです。子供の目から見ても母は全く幸せそうではありませんでした。

母が私にその言葉を言った時、彼女は自分の死期が近づいているのを知っていたと思います。亡くなる直前は意識不明でしたので、最後の言葉はありませんでした。その代わり、死の数か月前にいくつかの言葉を私に伝えているのです。子供心に「なんでそんなこと言うんだろう」と思うようなことを。

もともと病弱な母でしたので、母親として多くのことを私や姉のためにできなかったことは自分で分かっていたと思います。それでも、死期が近づいて幼い私に、自分はそばにについていてあげられないけど将来は幸せになってほしいという願いがあったのでしょう。

そしてそれから長い月日が流れた今。夫との出会いの前には紆余曲折があったものの、最終的には何十年も前の母の言葉を忠実に(?)守ることができたので、今は安心して空の上から見守ってくれているはずです。私が幸せでいることが母に対する一番の親孝行ですよね、きっと。