お互いに対等でありたい | 月と太陽

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2年前に衝撃的な出会いがありました。自分の内面が変容するにつれて、現実も大きく変わってきて…
自分自身の思考の整理のためと、そして私の話が誰かを励ましたり、ちょっとでも参考になることがあればと思い、ブログを始めてみます。

の続きです。 

ブロ友さんにもらったコメントで、
子育てには
社会的な側面と魂的な側面がある
という内容がありましたが、
今回は魂的な側面についての内容です。

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「僕のお母さんは他のお母さんと違う」
長男がよく言う言葉。

私は自分の育ってきた環境が
そういう"お母さん"を作ったのだろうか。
どこが違うと思うのか聞いてみるのだが、
長男は「よくわからない」と答える。




私は子育てに向いていない。

自分を卑下して言っているのではない。
全てに向き不向きがある。
その一中の一つとして、向いていない。

だからといって、
二人の子供を愛していないわけではない。
母親としての愛はある。


そんな私も、
"いいお母さん"になろうと
頑張っていた時期がある。
当然、自分に無理を強いるのだから
結果的にイライラするだけで
逆に子供にとっては悪影響。

しかし、
そんな不毛な努力も無駄ではなかった。
私がこの10年で得たもの。
それは、
私の場合、
母親としての"子供のために"は、
"子供のためにならない"
ということだった。

ならば、
こんな私が彼らのお母さんとしてできること。
それは何だろうかと考え続けてきた。

子育てには向いていなくても
子供は育てなくてはならない。
じゃあ、
私が母親として手渡せるものは何か。

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他人から見ていいお母さんであることに
もう意味を見出せない。
子供は友達のお母さんと比べて
少々複雑な気持ちを抱えるかもしれないが、
私は私なりに子供へ愛を伝えればいい。



自分の生き様をありのままに見せる。
私にはそれしかできない。

自分というものを
いいところも悪いところも
ありのままに見せる。

彼らがそれをどう受け取り
どう感じようと、
それは彼らの自由。
それに私も左右されない。

そして、
彼らのいいところも悪いところも
ジャッジせず、
ありのままを受け止める。



私にはそれしかできないような気がしている。
そして、
それがお互いに対等である関係を作り、
一番愛を伝えられるのではないかと…