おはようございます。
秋めいた朝ですね。
今日も笑顔でお過ごしください照れ




さて、わたしは
2009年に
長年住み慣れた家を出ました。


それはあまりに突然で、
その朝までは自分でも想像もしていなかったことでした。


漠然と『2、3日で戻るはず、』でした。
それは、仕事があったから。




わたしは、
働かない夫に変わって、
数年前に新しいお店をはじめました。

今まで携わったこともなく、
詳しいことは何も知らない分野で、
マーケティングから、
事業計画はわたしひとりで行いました。

何ヵ月もかけて、
店内の設計や装飾や、家具、小物購入から設置、
やったこともないネット環境のハブやモデム配線等も全てひとりで行いました。(コストを押さえる為です)


何ヵ月も寝食忘れ、
不眠不休の悪戦苦闘で、
ただ、ただ途方にくれ真夜中に漠然と泣けてくることがよくありました。



オープン前のスタッフの募集、
マニュアル作り、研修。

いつも脳ミソがフル回転して、
グルグル、ガンガン!
走り回っているような立ち上げでした。



そんな思いをしてはじめた商売でしたから、
そのお店はわたしにとって“宝物”になっていきました。


“店”そのものが可愛く愛しい。



うちにご来店くださるお客様には誠意を尽くし、スタッフも可愛がりました。
トラブルもたくさんあって、
この度に頭を抱え込んだり、
お巡りさんに来て頂いたり....


でも、
店の為であれば、
どんなことも気持ちだけで乗り越えました。


自分の時間も惜しくなく、
利益をあげるために人件費を削って
なるべくわたしがいるようにして、
拘束時間は長くも楽しい毎日でした。
  


なので、
家を出て別居となったわたしに
待ってたのは、
仕事への
激しく強い喪失感でした。



“店”から離れるだけで
不安になりました。

まるで、
幼子と離れてしまった母です。

取られてしまった感覚強く、
『今頃は。。。』と
店に思いを寄せては
悔しさと虚しさに襲われました。


けど、
戻るつもりもなく、
もうバッサリと忘れるしかありません。

『感謝で手放す』なんて、
カッコいいこと(その時)できません。





離婚は、
夫婦二人の人間関係だけでなく、
親戚や隣近所や友人や学校や地域や....
そこで過ごした年月の全てを
持っていきました。


ものすごく仲良しだった友達が何人もいたし、
尊敬していたママ友も、

分身のような仕事も失いましたが、



今現在、それらに対して
思うことはただ“懐かしさ”のみ。


全てが“ご縁”なのだと
しみじみ思います。


まして、『分身』(笑)みたいに思い入れている事は、危険(笑)
よくなかったですあせる



ご縁。
全てに逆らわず
ただ一生懸命受け入れていると

何年も経ってから
みえてくるものがあることに、
感謝です。
と、言ってもまだ半ば。
まだまだみえてくるものは変わるのでしょうね。
楽しみです照れ





当時、信じていた事実が変化する。



やっぱり
人生って楽しいですね照れ











先週までは
まだまだ暑かったけど

やっと“秋の夜長”(笑)




テレビ観ながら、
栗を剥く季節ですグラサン




今年の栗は豊作らしいですね。
ぷっくり、丸々としたいい栗たちです。





隣の夫はハングルのお勉強(笑)


なんと、
柔らかい時間なのでしょうか。

幸せです照れ









翌日、
栗おこわになりましたウシシ




秋の恵み。
ご馳走さまです照れ










『喉にある第5チャクラを開いて
歌うことで、
自分の魂を表現することができる。

その声は喉を使わず、
身体の(腹式呼吸でたっぷりできてる)空間部分で
声以上の音量になり
響いてくれます。

身体が“楽器”になるの。

そして、 
チャクラを開くことによって、
魂をその歌に
乗せることができます』



そう、教えてくださる素晴らしい先生方のもと、
練習を積み重ねてきたゴスペル。

“喉”や“声”って
とても霊的なことに深く関わっているようですひらめき電球






連休最終日は
ゴスペル祭に参加してきました音譜




何より自分が楽しいから歌いますゲラゲララブラブ

 

そして、
その日までの笑いの絶えない楽しいレッスンや、
難しい歌詞覚えや、
他愛ない仲間との会話など。


当日までもってくるプロセスに
ドマラはどんどん進んでいて、

当日は
ただただ、仲間との一体感を味わいました。

約60名の“仲間”
『ひとつのことをみんなでやったビックリマーク







 

『わたしは、
ひとりでない』と実感ビックリマーク


生きている醍醐味を身体中で体感できましたアップ




この経験が有り難くって、

その仲間のひとりでいられることが嬉しくって、幸せで、有り難くって、

この喜びを魂に刻みました照れ




一曲、一曲に込められた祈りが
届くべき人様へ
届きますように....流れ星




Hallelujah!!
ハレルヤ









 
 
 
藤城清治先生の展覧会で出会った
一枚のワンコ。

 
 
 愛犬の死に際して、
仲良しだったネコちゃんの表情から
先生の深い悲しみ、
深い慈しみ、
今までの労いや感謝を感じます。
 


この絵を前に
小さな箱の棺に入ったときの
わたしが飼った唯一無二のワンコが、目の前にやってきたようでした。
 
『あのときの◯ちゃんと同じひらめき電球
 

優しい光が差し、
ほんわりとした“たまゆら”が
まわりに包んでくれていました。


 
 
17才9ヵ月。
その歳月、わたしの喜怒哀楽をいつも下から見上げてくれてた◯ちゃん。
その真っ黒で純粋な瞳。
今も鮮明に・・・
忘れない。
 
 
 
 
 
娘たちは小学生。
◯ちゃんは娘たちと共に成長して、
そして、子供から少女、
少女から結婚する年齢になった娘たちも見守ってくれていた。
 
 
元夫が怒鳴りはじめると、
別の部屋に逃げていった◯ちゃん。
怒鳴り声や、それに纏わる空間感が嫌いで、ブルブル震えていた。
 
 
わたしの涙をいっつも舐めてくれたかわいい◯ちゃん。
 
 
誰も知らないわたしのときめきを知ってる◯ちゃん。
 
 
 
最期はわたしと一緒にお昼寝しながら逝ってしまった◯ちゃん。
 
 
思い出をあげれば、
とどまるところを知らない程あるけど、



藤城先生の一枚を抱えて、
連休2日目は
娘や孫っちとお墓参りへ。
 
 
 
 
 
 
真夏のような秋の1日。
 
 
 
 
青空の下で◯ちゃんの思い出を話していたら、
 
久しぶりにこの詩(うた)を◯ちゃんへの祈りとしてお供えしてきました。
 
 
心いっぱいの感謝と、
 
『ゆっくり遊んで待っててね』の言葉と共に。
 
 
 
 
 
 
~虹の橋~
 

 

天国の少し手前に、「虹の橋」と呼ばれている場所があります。
 
この世界で生前、誰かと寄り添い、暮らしていた動物たちは、
その命の灯が消えたとき、「虹の橋」のふもとへ行くのです。
 
そこには、草原や丘が広がっていて、
動物たちはそこで駆けまわり、
ともにじゃれあって、楽しく遊んでいます。
 
おなかいっぱいのごはんと、きれいなお水、
そして優しい太陽の日差しに溢れていて、
みんながそのあたたかな場所で、のんびりと暮らしています。
 
病気にかかっていた子も、年老いた子も、みんな元気を取り戻し、
傷の痛みに苦しんでいた子もすっかり健康なからだを取り戻し、
昔のように、そしてまるで夢のように、そこでは過ごしているのです。
 
動物たちは幸せに暮らしているのですが、
たったひとつだけ、心を満たしていないことがあります。
それは、かつて共に過ごし、愛し合い、寄り添っていた人が、
ここにいないことが、恋しくて、寂しいのです。
 
動物たちが一緒に遊んで、駆けまわっていたある日、
ある子がふっと立ち止まり、遠くを見つめていました。
その子の目は、次第にキラキラと輝きだし、よろこびで震えだします。
突然、その子は仲間から離れ、草原を飛ぶように走っていきます。
速く、速く、それはまるで風のようです。
 
その子の視線の先にいたのは、
共に過ごし、愛し合い、寄り添っていたあなたでした。
 
その子とあなたは、虹の橋のふもとで再び出会います。
あなたは、愛するわが子を抱きしめ、愛情いっぱいにふれあい、
二度と離れることはありません。
 
あなたは満面の笑みで幸せにあふれたキスを受け、
もう一度、愛するわが子を抱きしめるのです。
そして、わが子の顔をのぞきこみ、見つめあっては、語りかけます。
 
きみと別れてからの長い長い人生を、
私は一生懸命生きてきたよ。
その中で、きみを忘れたことは一度たりともなかったよ。
やっと会えたね。
 
そしてあなたたちは寄り添いあって、
共に天国へ続く虹の橋を渡っていくのです。

 

 
 

原作者不詳      

日本語訳:ふくふくやま

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おはようございますニコニコ
スケジュールでいっぱいだった三連休が終わりました。

その三連休の出来事を書き残したいと思うのですが、....



その前に先週、
職場に育休中の女子が二人、
赤ちゃんを連れて遊びにきましたラブラブラブ


しばし、
食堂に集まり、
赤ちゃんを囲んで、
話に花が咲きます~照れ


7ヶ月と5ヶ月の男の子たち。

人見知りもなく、
誰に抱かれても、
ニコ~ッと笑いかけてくれて照れラブラブ


わたしは
二人の天使を抱っこさせてもらいながら、
『かわいい、かわいいラブラブ』を連発していました照れ

ペタッ~と身体と身体がくっつく感覚、
赤ちゃんの香りと、
その優しく純粋なオーラキラキラ

無類の赤ちゃん好きなのですほっこり







その日の夜、ふと思ったのですが、
わたしは自分の孫っちには
そこまで『かわいいラブラブ』を連発して言わないなぁ~..


それは“可愛い”に間違いないけど、

なぜ、
よその赤ちゃんにはいっぱい『可愛い!』って言うのに自分の孫に対しては
あんまり言わないのか(笑)?



内観、というほどのことでもありませんが、
よくよく考えてみると、


孫への“可愛い”にブレーキをかけているわたしに気付きました。
遠慮、というか
あえて控え目にしているというか....


なぜなのか、
それは分かりませんが

それは
やっぱりおかしいので、
やめることにしました照れ



孫っちを
心から可愛いと思い、
愛しいと思う気持ちをもっと
素直に口にしていいと思ったのです。

第三者に聴いてもらう言葉ではなく
自分の心への言葉として虹








先日の三連休の1日目。
2歳の孫っちの運動会💡





嬉しそうな孫っちの姿。


 


元気に駆け回って、






生き生きと過ごしている様子が
可愛くて、
愛しくて、
たまりませんでした照れ







 
自分の心に素直になるって、
とても気持ちいいものですねウインク



孫っち、
可愛い~(*≧з≦)ビックリマークラブラブ