昨日までの一週間ほど、偶然のように検索した言葉が次々つながって、そんなことを調べようとしたわけじゃない事柄に最後の最後に行きついて驚愕してます。
何につながったかというと、母方の曾祖父のこと。不思議な出目の人で、身内にも謎がいっぱいあって、母の従兄は探偵のように曾祖父の実家を探し突き止めたそうです。
私も昨日気づいたことに行きつくまでがまるで推理小説のようで、もしかしたら謎の答えの1つでは?と、辿りついたことを母に伝えました。

 

曾祖父は、遠く九州の果てから「ある時期」に親に連れられて伊豆に来たそうです。親がある豪将の一家来(決して名のある家来ではありません)でしたが、流れ流れて伊豆の地まで来て、もはやここまでと親が観念したらしい・・・ということを母から聞いていました。

 

その後の経緯も含め、私にはどうとらえていいのか正直分からないまま聞いていたのですが、肝心な何かが抜け落ちてる感覚が、どこかにあったんだと思います。その話だけだと、宙ぶらりんでまさに浮足立ってる感覚。

ところが数日前、「ある時期」に関わる歴史上の人物の近くにいた方の日記などを偶然目にし、それがただ面白くて追っていったら、これが礎となって曾祖父たちは伊豆に来たのかと腑に落ちる文章が書かれていたのです。
 

頭で考えるというより、瞬間的に、立体パズルが組み合わさった、そんな感覚。

失われてたピースが入ることで、宙ぶらりんの状態から地に足が着いたようでした。

 

母が子供のころ、曾祖父は半年に一度の割合で約一か月滞在していたとのこと。その時に昔話で聞いてなかったの?と聞いたら、「脳溢血の後遺症で言動に支障があって近寄りがたく怖くて、話を聞くなんて思いもしなかった。おばあちゃん(母の母)は実家の没落の原因がおじいちゃんだったから、あんまりそういった話もしたがらなかった」と母は思い出してましたが、一族の中でも曾祖父からの血(遺伝子的なものプラス霊的にも)を受け継いでると、母には非常に強く感じるので、空白を埋められるような気づきを伝えられたことは良かったのではと思いました。

 

母も「なぜ伊豆に?」の?が理解できた気がすると言ってました。真実は遠い彼方ですし、曾祖父の親たちの気持ちが完全に理解できるわけでもないのですが、口を閉ざすしかなかった時代背景による無念さ、絶望感の中で自分たちを受け入れ安住させてくれた縁ある人への思いなど、裏事情のほん一部を汲み取ることができただけでも、先祖孝行ができたのかなと思います。今年の夏至は母子で印象的な日となりました。

主人はフリーランスの部類に入るので、時折、弱気になると「仕事がなくなったらどうしよう・・・」と言います。仕事の依頼が無くなると、即、収入が途絶えるので(現に冬のある時期など給与ナシw)、そりゃ不安にもなりますよね。

でも、本当に仕事がなくなったら、「すぐに伊豆に戻るよーそして畑仕事と磯仕事が待ってるからね、とにかく食べていければなんとかなる」と言ってます。

 

↑実家の畑に行く道を歩く父85歳 左横はガケです

 

↑これは春先の畑の様子です 甥っ子が祖父母と一緒に畑仕事に行ってくれました(撮影:甥)

 

畑を維持していくのは容易なことではありませんが、今のところ、両親ができる範囲で、また自分たちの楽しみとして続けているのでありがたいの一言です(周りはほぼ止めてしまい、草ではなく竹が生え放題になってます)。

無農薬で肥料も自家製です。大敵は鳥に鹿・イノシシに小動物(人間もね←勝手に採ってく人がいるんですよ!)といっぱいいるのですが、対策を練りつつ、共生して作ってる風なのが、話を聞いていると感じられます。まったくと怒りながら笑ってるw おおらかな気持ちで作るのが一番なのかもしれませんねぇ。

 

種や苗を買う場合もあるけれど、自家採取したり、こぼれ種で勝手に生えてくるのを翌年また採ってると言っています。特に小松菜・ニラなどの葉物は放置。去年は取り損ねたジャガイモから芽が出て収穫したと言ってました。

 

一時、真剣に東京から月1で畑に通うかとも考えたんですが、始めるとなると中途半端にはできないので、とりあえず軒下で(ベランダもないのですヨ、ウチは)袋栽培をしました。

 

↑プチヴェール 採れ始めたらけっこう長く楽しめましたよ~ 写真はないのですが、サラダ菜・ブロッコリー・みょうがも作りました 袋栽培で白菜やキャベツを作ってる方も近くにいるとか! 教えを請いたいです

 

↑春先のブルーベリー 剪定したあとなので枝が少ないですが、花芽もそこそこ出て楽しみにしてました が!不安定な気候で全滅 難しいですねショック

 

自宅でもできることをと思って栽培しましたが、やはり畑の野菜のようにはいきません。土を含めた環境が決定的に違うのだと思います。夜も街灯があり完全に真っ暗にはなりません。光害というのも植物にとって大変問題なのだそうです。夜間は玄関の中に入れたりしても、扉のガラス窓から光が入り、完全に暗くならないのに驚きました。

 

↑実家から届いた野菜 量が半端ないので、姉に持っていったり、近所の方に分けてます

 

食は命に直結ですから、やはり安全で安心できるものをできるだけ求めたいですよね~できれば安くですけど、農家の方々の労働対価を考えるとそればかりは言えません。

でも安いところってあるんですよね。意外だったのが、新宿タカシマヤ。百貨店は高いのイメージがあったんですが、地下食品売り場での有機野菜は良心的価格なので、たまーに行くと寄って見てきますニコニコ

世界の食と農の問題を追及されている、印鑰(いんやく)智哉さんの講演会に参加したのが3月のことでした。配られた資料とスライドを見ながら説明を受けたのですが、土は微生物と植物の共生によって作り出される仕組みを最初に教わりました。
兼業農家で生まれ育っても、土の成り立ちなど恥ずかしながらこの歳まで考えたこともなく、土の中で植物の根と菌根菌糸という微生物が作りだす「根っこ」が複雑にからまり一体化している様子のカラー図は、宇宙?と思うほど美しかったです。深海もそうですが、真っ暗な中は闇のみではなく、輝きが放たれているのですよね。
今、化学肥料・農薬によって土壌が破壊されているのですが、では菌根菌糸を育てればいいじゃんというと、これがまた不可能に近いんだそうです。これだけ発達しているように見える科学・化学の世界でも、とてつもない種類と数の微生物を培養することは容易ではなく、聴いていても自然の営みの中のことを人間がそう簡単にいじることはできないのだと痛感しました。
 
この話を聞いていたときに、私の脳裏に浮かんだのは、自宅の隣の土地のことでした。
2年ほど前に、二階家屋が解体され更地になったのですが、この建物が土台含め昭和30年代初期と思われる構造物で、解体中から化学物質とホコリ、それも古いカビの臭いが漂っていたのです。しかも、更地といっても整備されたわけではなく、ザ・そのまんま。粗大ゴミとして処分しきれなかった細かい破片など、残骸がかなり残っているのです。
それでもすぐに家が建つようだという噂があったので、そうかと思っていたのですが・・・そうではなく・・・
 

↑解体半年後の隣の様子 立派な木?が生えましたアセアセ
自宅周辺だけ、草を除去するんですが、なんともいえない臭いのうえ、土が硬くて簡単に抜けないのです。しかし、あっという間にいろんな草花に覆われました。
隣のおばさんは、雑草が雑草がと会うたびに文句を言ってましたが、私は破片の間からもたくましく生えてくる草花を見ると、心が嬉しくなっていました。
 
冬が過ぎ、春がめぐってくると、草を抜いていると、なんとなく、土の力が強くなっているように感じました。元隣家のなごりのペチュニアが咲いてたり、わが家のイチゴのこぼれ種から出た新芽を発見したりと。
 
夏前に、どうぜ草が出てくるならと、100均でカモミールの種を買い、パラパラとばらまいたところ、7月末ころに育っているのを発見!
 
オオバコもいっぱい出て、キク科の花も芝もどこからか飛んできた種で育っていました。
解体から1年も経つと、土からの異臭は感じられなくなり、土らしい臭いに変わっていました。草を抜いてもカビ・化学物質臭はなく、土も黒っぽくふかふかになり、根っこもスルッと抜けます。
 
鳥だけでなく、蝶やトンボまで舞っていて、たった1年なのに、ここまで改良されるとはと、感嘆しました。
そのときの日記には「雑草は役立たずで厄介者ではなく、その土をよみがえらせるために派遣された「土改良部隊」。生きている命の強さ、なるようになるのを見守るだけでいい、そこに愛情と感謝を込めて」と書いてあります。隣を観察していたことで、印鑰さんのお話の「自然の仕組みと循環」を紙面ではなく、体験として腑に落とすことができました。そして、土壌を育てるのは100年かかるというけれど、自然に任せ、その力を強めるためのヘルプを人間がするのであれば、もっと早く戻るのではないかと思いました。でもその前に、化学肥料や農薬、また過剰な森林伐採などから人間が手を引かなければならないのですが。問題は山積み。
 
東京ではどこもかしこも人工物に覆われていて、わが家などは庭すらありません。土は買ってくるしかないのです。でも隣はむき出し、地球の地肌だと思ったら、小躍りしたくなるほど嬉しかったです。たった数十坪でも、何かの上に撒かれた土ではなく、地球のまま。
 
このままでいてほしかったんですが、隣のおばさんが「除草剤!」と言い出したのです。雑草のせいで虫が多くなって、そのせいで身体がかゆいというのですが、私たちにはなにも起きていません。とにかく草花をものすごく悪く言うのです。土地の所有者に言っても埒が明かないから自治の方に頼んで、自分たちで除草剤をまくとすごい剣幕で言い出しました。
簡単に除草剤というけれど、今、世界ではその害が大問題になっていて、健康被害による訴訟が後を絶たないことをまったく知らないのですよね。しかも、他人の土地に勝手に除草剤をまくなど、常識的でない行為なので、それはおばさんに伝えました。
 
結局、1か月後に、除草シートなるものが一面敷かれ、カモミールもイチゴも無くなりました。
 
↑今朝の隣。草木は元気(´▽`*) 隙間があれば生えてきます。
私ははやいところ、このシートも劣化して破れていかないかなーと黙って見ています。そのくらい、「自然」を感じられない都内です。