神様は宇宙の第一原因であられ、森羅万象の創造主です。
そして、人間の愛する父であられます。神様は、特別なみ旨を成就するために万物を創造されたのであり、その目的は正に愛の具現にあります。神様は真の愛の根源ですが、いくら全能の神様でも、一人では決して愛の喜びを感じることはできません。神様には愛の対象が必要であり、その対象が自発的な愛を返してくれることを願われます。その対象として最高の被造物が、正に人間なのです。そのような理由のため、人間の生には目的があるのです。人生の目的は、成熟し、神様と永遠の真の愛の関係を実現することにあります。これが正に、神様と人間の間に平和を成し遂げる根本原理です。




人間の貴重な価値を満点にするのは、真の愛と一体になる時に可能です。
心身一体とは、良心と肉心が共鳴圏に立っていることを意味します。音叉の振動数が同じ時、一つをたたけば、その反対の音叉が響きます。それと同じように、真の愛によって良心をたたけば、肉身が響きます。真の愛で肉身をたたけば、良心が共鳴圏をつくるようになるのです。そこには教育が必要ありません。その真ん中に入っていけば、教えるべき全てのことが分かるようになっているのです。




人は体と心の二重になっていますが、心は縦的な面を身代わりしており、体は横的な面を身代わりしています。「あの人は心が正しい」と言う時、それは水平を中心として見たということです。垂直に見て語る言葉ではありません。「その人は正しい」と言う時、その「正しい」というのは、水平に対して語る言葉です。
仏教では参禅を通して、心とは何かを研究してきましたが、未だに心が何かを分からずにいます。心は縦的な「私」です。また、体は横的な「私」です。ですから、横的な私と縦的な私が統一される場で、私という人格が完成するのです。
何を中心として、この縦的なものと横的なものが統一されるのでしょうか。共鳴できる本質を通して一つになるところにおいて、完成を論じることができます。それはお金でもなく、知識でもなく、権力でもありません。ただ、神様の真の愛によってのみ共鳴するのです。