Brother Sun, Sister Moon -32ページ目

Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

首都高での悪夢の瞬間から90分後、俺はJAFが手配したローダー車の助手席に座っていた。
行き先は、板橋にある「相棒」の主治医の工場だ。

働き出すにはまだ随分早い時間だったのにも係わらず、主治医は「速攻で持ってこい。入庫できるようにしとくから。」と言ってくれた。

板橋着、午前8時30分。
工場では既にリフトが空けられ、すぐに上げられる準備が整っていた。
早速リフトに乗せ、エンジンルームの真下に主治医と一緒に潜り込む。

想像以上にオイルが吹いている。やはり致命傷か?

とりあえず、手を入れる前に見積をしてもらうことにし、タクシーにて帰宅。すぐさまベッドに潜り込む。30数時間ぶりの睡眠なので身体の底から疲れ切っているはずなのだが、心は相棒の許へ飛んで、なかなか寝付けない。

果たしてやつは再起できるのか?
再起できても、元のパフォーマンスを取り戻すことができるのか?
そして、そのための費用はどの位かかってしまうのか?

「ううむ。」

心の中でうなりをひとつ上げ、俺はドロドロした眠りに落ちていった。

3時間後、俺は主治医からの電話で目が覚めた。
俺が徹夜明けだったことを知っている主治医は、起こしてしまったことについての非礼を詫びた後にこう言った。

「両手、だね。」

つまり、もとのパフォーマンスを取り戻すためには100万掛かるということだ。

アクセルひと踏み100万円。
即答できないでいる俺の心情を察したのか、彼は優しく、「しばらく預かるから、考えときな。」と言い通話を終えた。

その時、俺の脳裏にはある人物の台詞が浮かんでいた。
20代の頃、アマチュアレーサーとしてあちこちのサーキットを渡り歩いていた俺は、偶然にあるプロレーサーと出会った。
二輪の「浅間TT」でデビューし、「マン島TT」、その後四輪に転向し「ルマン24h」にも参戦経験を持つ、日本屈指のプロドライバー。
その頃、いくら身を削る様な走りをしても全くタイムが出なかった俺は、彼にこんな質問を投げかけた。

「ミスをしないセッティングってあるのですか?」

この素人丸出しの質問に、“日本最速”の男は優しく笑いながらこう答えた。

「クルマはその限界までドライバーに忠実に動いてくれる。間違いなくね。ミスをするのは人間さ。」

そう。今回のトラブルはクルマのせいじゃない。俺のミスなのだ。

-続く-