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Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

『主治医』の工場で相棒「VR-4」と別れてから、もう2ヶ月が経とうとしている。

考えてみれば、免許を取得して以来、こんなに長くクルマなしの生活を送るのは初めてだ。


初めのうちは、からっぽのガレージを見る度に「100万掛けても治しておけば良かった」と取り返しの付かない想いをしていたのだが、今となっては、公共交通機関での移動も苦にならなくなっている。

生まれつき「群衆恐怖症」の俺が、満員電車に乗れるようになるとは、いささか自分でも驚きだ。
そして、クルマのない日常に完全に慣れてしまったとき、多分こう言うのだろう。

「東京にクルマは必要ないよ。」と。

俺はそうなる自分が怖かった。


或る夜、行きつけのバーで、バーテンダーがこう聞いてきた。

「新しい『相棒』は見つかりましたか?」

「いや、まだ。」
新しい相棒がなかなか見つからない苛立たしさと、クルマなしの生活が楽になり始めている自分への恐怖から、俺はいささかむっとしながら答えた。

その俺の心を読んだかのように、初老のバーテンダーはにっこり笑ってこう言った。

「待ち人に対しての望みが高すぎるんじゃないですか?」

確かにそうなのかも知れない。
優秀な整備士であるとともに、一流のバイヤーでもある『主治医』にして、未だ俺の希望に沿うクルマを見つけあぐねているのだから。

「でも、お気持ちはよく解りますよ。ワタシたちも同じですから。」
バーテンダーはこう続けた。

「例えばワタシたちが希少なスカッチを探すとき、やはり時間が掛かっても構わないから、その分コンディションの良いものを求めますから。」

「でも、そこで妥協をしてしまうと、結局、壁の花になってしまうんです。最近はお客様の知識と味覚のレベルも相当なもので、こちらが安易に選んだモノはすぐに見透かされてしまうんですね。」

きっと、主治医も同じ心境なのだろう。
そんじょそこらに転がっている『鉄クズ』では、俺が納得しないのを彼は良く知っている。

「でも、待ち人というのは、待たされてこそ幸せな出会いがある、とワタシは思いますけどね。」


曇りひとつないグラスをさらに丁寧に磨きながら、バーテンダーが言ったその時、俺の携帯電話が鳴った。

発信者は『主治医』。

「『待ち人来たり』ですかね。」
そう言うと、初老のバーテンダーは完爾と笑った。



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ー続くー