Brother Sun, Sister Moon -26ページ目

Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

320をガレージから出し、私道に止める。暖機運転のためだ。
水温はすぐに上がるが、油温が適正値に来るまでは暫く時間がかかる。

今日は天気がいい。太陽光の下でもう一度、320の状態を確認する。
ボンネット、ルーフ、トランクリッド・・・全ての状態が申し分ない。

あとは試走させて、最終確認をするだけ・・・そう考えながら、磨き込まれたボンネットフードを見つめているとき、そこに『彼女』の顔が映った。

「お好きなんですね、クルマが。」そう言って微笑む。

「ええ。19歳で免許を取ってから常に乗ってますから。」
「そうなんですか。私、あまり運転が得意じゃないので、クルマを上手に操る人って凄いと思います。」

そういえば、このクルマもご主人のセカンドカー化していたという。
なるほど確かに、インテリアやエクステリアに、社外パーツが多く使われている。

運転席には「レカロ」。ステアリングは「momo」。ショック・アブソーバーは「ビルシュタイン」・・・どう考えても、クルマ好きが作ったクルマだ。

「ご主人はクルマがお好きだったようですね。」主治医が聞く。

「ええ。休みの日はずっと、このガレージで過ごしてました。」
「それじゃ、奥さんも寂しかったでしょ?」からかうように主治医が言う。この男は時折、デリカシーの微塵もない言葉を平気で口にする。

『彼女』は少しだけはにかみながら頬を赤くすることで、主治医の問いに答えた。

アイドリングを始めて約5分。そろそろ油温も上がり始めただろう。

「じゃあ、試乗を、いいですか?」『彼女』に聞いた。
「あの、私も乗ってよろしいですか?」その言い回しに育ちの良さが受け取れる。

「もちろん。そうしていただいた方が安心できます。」
殆ど俺の心は決まっているが、今日現在の自賠責保険名義は『彼女』のものだ。

「お前は?」主治医に聞く。
「俺はここで待ってるよ。」そう言いながらガレージのAMGの方へ視線を送る。
なるほど。クルマを運転する機会のない人間にとって、残る1台も不要となるはずだ。さすが、目ざとい。敏腕バイヤーと呼ばれるだけはある。

俺は『彼女』を助手席に乗せ、産業道路へと320を走らせた。
異音や不正振動は一切感じられない。BMW伝統の「シルキー・シックス」は、アクセルを踏む右足と絶妙にリンクする。俺は興奮していた。

「・・・・なんですね。」その声で我に返る。いつの間にか320との時間に没頭していた俺には、『彼女』の声も聞こえていなかったらしい。

「あ、ごめんなさい。今、なんて・・・?」

くすくす笑いながら、『彼女』は答える。
「あなたって、本当にクルマがお好きなんですね。」
「もの凄く、真剣な顔。」そう言い、またくすくす笑った。

あなたと呼ばれた事に俺は妙に気恥ずかしくなり、もう一度謝った。
「なんだか主人にそっくり。」そう言って、俺に微笑んだ。

その笑顔を視界の隅に捉えながら、俺はまた気恥ずかしくなった。

俺は、320を譲り受ける決心をした。320に惚れたからだ。
そして同時に、320の『彼女』にも恋をした。

ー続くー