その日から、俺と『彼女』の付き合いが始まった。
俺たちは頻繁に逢い、食事をし、酒を呑み、SEXをした。
傍目から見れば、幸せな恋人同士に見えただろう。
だが、『彼女』は俺に対し、完全に心を開こうとはしなかった。少なくとも俺はそう感じていた。つい先頃、ご主人を亡くされたばかりなのだ。無理はない。そう思うようにした。
『彼女』の家に泊まった日から、2週間ほど経ったある夜、俺は主治医と行きつけのバーにいた。
「その後、どうだ?320の様子は。」
主治医が訊く。納車直前、『彼女』の家から引き取って来た320を、主治医の工場でケアをした。その経過が気になるのだろう。
「ああ。良好だ。足回りもアタリが出て来てしっかりしてきた。」
主治医は、俺の言葉にほんの少しの安堵の表情を見せる。
「で、『彼女』のほうとはどうなんだ?」この男は、どうやらそちらの経過も気になるらしい。
「まあ、こちらも順調だ。」
「アタリが出て来た、か?」スカッチのグラスを目の高さに掲げながら、主治医は悪戯っぽく俺に訊いた。
俺はその質問には応えず、代わりにここ数年でいちばんの笑みを彼に返した。
それを見た主治医はよしよし、というように頷きながら、自分のグラスを空にした。
そのやり取りをカウンター越しに見ていたバーテンダーが微笑みながら言う。
「どうやら、いい出会いがあったようですね。ヒトもクルマも。」
「待った甲斐があったよ。どうもありがとう。」
「心待ちにした出会い、というものはとても大切なものですよね。」そこまで言うと初老のバーテンダーは、他の客との会話に戻っていった。
「あのなあ。これは言おうかどうか迷ったんだが・・・」
何杯目かのスカッチのグラスを見つめながら、少し思い詰めたように主治医が切り出した。
「これは、俺にお前のクルマを紹介したバイヤーから聞いた事なんだが、お前の『彼女』な、亡くなったご主人から、随分とDVを受けていたようなんだ。」
「DV?彼女が暴力を受けていたという事なのか?」
「ああ。結果としては、な。ただ、これも噂なんだが、死んだ旦那ってのが、そうとうのマニアックな人物だったらしくてな。いわゆる『サディスト』ってやつだ。」
そこまで言うと主治医は、ウヰスキーをひとくち舐め、じっと俺の目を見つめた。
「『彼女』が受けたDVというのは、つまりはプレイだった、ということらしい。しかも本人合意のもとにな。」
「ということは、『彼女』にもその気がある、ということなのか?」
「まあ、つまらん噂だ。気にするな。」
『彼女』の身体にたくさんの傷跡があることを俺は思い出した。
脇腹から背中にかけて、何本も伸びた長い傷。
そして、左手首にある短くて深い傷も。
誰にだって「過去」はある。それはいつもにこやかに話せるものばかりではない。
そして、他人が気安く詮索できるものでもないのだ。
『彼女』の心の闇に一歩近づいてしまったような気がして、俺はグラスの酒を一気に飲み干した。
ー続くー