彼女の隠れた性癖を聞かされた俺は、その本意を訊けずにいた。
世の中には知らないほうがいい事だってある。だから訊くのは止めた。
それに、彼女とのSEXはごくノーマルなものだったから、俺は間もなく、彼女の性癖についての事を忘れた。
彼女から譲り受けたBMWは、トラブル知らずで、本当によく走ってくれていた。
以前の相棒に比べたら非力ではあったが、街中では必要にして充分だったし、その気になれば、スポーツタイプの高性能国産車とも、互角の走りができた。「最高瞬間速度」と、「最高巡航速度」を履き違えている国の車と、アウトバーンの国の車との違いがそこには明確に存在する。そもそもこいつには、リミッターなどという不粋なものは付いていないのだ。
その日、俺は彼女を助手席にのせ、明け方の東北自動車道を走っていた。
行き先は栃木県茂木町。今日は、主治医が所属するレーシングチームの走行会が「ツインリングもてぎ」で開催される。そのヘルパー役を俺と彼女で務める約束になっている為だ。
3車線ある走行路の中央車線を、法定速度プラス40Kmで巡航する。
このクルマは、140Km程度の速度では、不安の微塵も感じさせない。それはクルマの「走り」にまつわる完成度の高さと、それ以上に「止まる」事への配慮が成す技なのだ。
都賀西方P.Aを過ぎたあたりで、一台の後続車に気が付いた。HONDA S-2000。国産車の中では、生粋とも言うべきスポーツカーのひとつ。
はじめはルームミラーの中の点でしかなかった後続のS-2000は、ほんの数秒でその異形をミラーいっぱいに誇示し始めた。こちらが140Kmで走行しているのだから、向こうは少なく見積もっても160~170Kmで走っている事になる。
俺のケツに食らい付いたS-2000は、あろうことかパッシングを始めた。もとより俺が走っているのは、一般走行車線。自分より先を急ぐクルマの為に、追い越し車線は空けてある。俺を抜くならそちらの車線を行けば良い事だ。
俺は、自分の進路を守り続けた。道を譲る道理は無い。だが、S-2000はなおも執拗にパッシングを繰り返す。その車間距離は、一般道でのそれと変わりない位に狭まっている。ここまでくると、これはもう悪意としか考えられない。5ナンバー/2リッターのスモール・シックスを、単にからかっているだけなのだろう。
助手席の彼女も、後続車の存在に気付いたようだ。頻りにサイドミラーに映るS-2000の存在を気にしている。その不安げな横顔に、俺は声を掛けた。
「気にしなくてもいい。そのうち飽きて抜いていくさ。」
小さく「うん。」と答えながらも、やはり気が気ではない様子だ。恐らくこういう経験は初めてなのだろう。そのとき、S-2000が小刻みなローリングを始めた。完全な煽動行為だ。それを見た彼女が、再び小さな声で呟いた。
「いやらしい。」
その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
ー続くー