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Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

台風が過ぎ去った日曜日。
朝から青空が広がり、時折空の高い所をまばらな雲がゆっくりと通り過ぎていく。

思いのほか暴れん坊だった台風のせいで、いきなり予定が無くなったワタシは、
朝から途方に暮れていた。
自他ともに認める『スケジュール依存症』のワタシにとって、今日のように突発的に予定が空白になる事態というのは、一種の事故に近い。

さて、今日一日どうしようか、と外を眺めているうち、急に「日差しを浴びたい」という欲求が出てきた。

別に日焼けをしたいという訳ではない。
しかし、日常、一日の過半数の時間をパソコンの前で消費する自分にとって、今日の日差しがとても貴重なもののように思えたからだ。

折りたたみのディレクターチェアとビールを抱え、ワタシはベランダに出る。隣接するビルのお陰であまり陽が射さないベランダの、それでもかろうじて秋の青空と、多分この秋最後となるだろう夏を想わせる日差しのある位置に陣取った。

ビールを開け、見えない誰かに向かって乾杯をする。

1本目のビールを飲み干したとき、ベランダの隅に、一匹の猫がいるのに気がついた。
ワタシは2本目のビールを目の高さに挙げ、猫に向かって「乾杯。」と呟く。


すると猫は、「いいですねぇ。昼間から。」と言った。


もう酔ったのか? 一瞬そう思ったが、不思議と驚きはしなかった。あまりに猫の話し方が自然だったのと、その声が妙に懐かしい、聞き覚えのある声だったからだ。


「たまにはいいだろ?こういうのも。」ワタシは猫を見ずにビールを呷る。

「まぁ、普段から忙しくしてますからねえ、アナタ。」猫はそう言いながらワタシの間近まで歩いてきた。

「それにしても、いい日差しですよね。」ひとつ小さく伸びをすると、猫は日だまりの中に丸くなった。

その姿を見ながらワタシは一口ビールを頬張り、猫に「飲むか?」と訊く。
猫はにっこり笑うと「いただきます。」と答えた。


手近にあった小皿にビールを注ぎ、猫の前に置くと、猫は美味しそうにビールを飲み干し、もう一度軽く伸びをした。


「いいよなぁ。お前らは気楽で。」その仕草を見ながらワタシが呟くと、猫は「こう見えても結構大変なんですよ。」と答えた。

「ふーん。」
「アナタのほうこそ、今いろいろと面倒な状態のようですね。」

ん?

「どうして判るの?」
「だって、いつも傍で見てますから。」



猫はワタシの顔をじっと覗き込む。
その仕草にも、なんだか懐かしい慣れ親しんだ感覚があった。



「お前、ひょっとして・・・」



ワタシの言葉を遮るように、猫は大きな欠伸をすると立ち上がり、ワタシに背を向け歩き始める。

数歩歩いたところで、猫は急に振り返り、
「世間はいろいろとアナタに辛く当るかも知れないけど、絶対に負けないで下さいね。」と言った。



ワタシはもっとこの猫と話がしたくなっていた。
でも、それが叶わないことも、何故か感じていた。


「お前も人間の世間に負けないようにな。元気でいろよ。」思わず突いて出たワタシの言葉に、猫は空を見上げながらこう答えた。



「世間なんてどうでもいいのです。おひさま、いっこあれば。」



猫は姿を消した。


ワタシはひとつ溜息をつき、新しいビールを開ける。
時刻はもう夕暮れにほど近い。

急に涼しくなりはじめた風を感じながら、一年前の秋、永遠に姿を消したヒトを思い出していた。


「また来てくれたんだな。」


そう独りごちながら、ワタシは今日3度目の乾杯を、その『彼女』に捧げることにした。