Brother Sun, Sister Moon -9ページ目

Brother Sun, Sister Moon

駄小説のたまり場。

セミ・ノンフィクションの子供達。

E30のヘッドライトとウインカーなどの灯火類へのテーピングをしている最中も、俺の心中は穏やかではなかった。形にならない不安感と圧迫感がどんどん心の中に押し寄せてくる。

パドックには次出走が予定されているクルマとドライバーが揃っていた。その中には顔見知りも多い。俺とE30を見つけると次々声を掛けてくる。そんな彼らに愛想笑いを返しながらも、意識はついさっき見てしまった彼女の眼差しへと自ずと飛んでしまっていた。

数分後、俺達のコースインを知らせるホーンが響き、決められた順番で一台ずつピットレーンへと出て行く。俺の出走順は3台目だったが、後ろから追いかけられる気持ちには到底なれず、後続のドライバーに先を譲った。

全10台中最後尾を選んだ俺は、E30の様子を見ながらコースインする。
先刻から抱えている違和感の様な気持ちを払拭したい思いから、俺はアクセルを踏み抜きたい衝動を抑えつつ、先行車のテールを見つめていた。俺自身の状態とは正反対にE30のエンジンは絶好調だったが、コースインした周回である「アウトラップ」ではタイヤはまだ暖まってはいない。タイヤはそれぞれの種類によって性能を発揮できる表面温度が設定されている。その適正温度に至るまでは無理はできない。

恐ろしく長く感じるアウトラップを終え、メインストレートへと車列は戻る。各車一斉に加速し、コンバットスピードへとシフトしていく。

先行するGT-Rが爆音を轟かせつつ猛然とダッシュする。その時俺は『声』を聞いた。


「準備ができたよ」


それはひょっとするとE30からのサインだったのかも知れない。その『声』に応えるように俺はアクセルペダルをフロアいっぱいに踏み抜いた。

E30の直列6気筒エンジンは、滑らかに、しかし猛々しく加速する。

いくつかのコーナーをクリアした頃、俺の心にあった違和感は消失していた。
今はただ、目の前に迫ってくる白と青に塗り分けられたコーナーの縁石だけを目指し、ステアリングを操っている。

およそ15分後、メインポストでチェッカーフラッグが振られた。走行時間終了の合図だ。
減速して一周した後、ピットロードへとクルマを進める。

独特の高揚感と若干の疲れを覚えながらE30から降りると、そこにはミネラルウォーターを持った彼女がいた。

「お疲れさま。」
俺は彼女から手渡されたタオルとドリンクを受け取りながら、ありがとうと言った。
彼女はいつもと変わらぬ笑顔で俺と向き合ってくれている。それだけで充分に思えた。


=続く=