JAMIELAND にようこそ By SEI JAY

JAMIELAND にようこそ By SEI JAY

入園料タダ、アトラクションもこれまたタダのワンダーランド

気持ちが疲れたり、行く道が目移りしたときは、

なぜか自然の中に帰りたくなります。


お帰りというわけでなし、どうしてたと聞くわけでないけど、そばにいるだけでエネルギーチャージが出来る不思議なところ。

僕たちが自然と言っているのは自分たちも含めてこの世に存在するすべて。

物理の世界ではすべてのものはシームレスにつながっている。

でもそんなの関係ねー。

目の前に広がるものがすべて。

ただ、心は見えないものにつながっているような気がする。


自然の中に帰りたくなるのはそのせい?

まずは深呼吸だ。

僕たちはいつも構えて生きている。

人間は寂しいとか悲しいとか辛いとかなんでこんなにネガティブな感情を持たされているんだろう。

そんなもんなかったらどんなに楽に生きれるか?

小さな幸せなんか吹っ飛んでしまうくらい感情に押し流される時もある。

困難に打ち勝つ必要があるんだろうか?

困難の壁の向こうに見える幸せは困難なく手に入れる幸せと違いがあるんだろうか?

手にあまるような感情を持って生きていくことの意味は未だに分からない。

まるで運命と呼ぶにふさわしい流れに翻弄されていても、唯一立ち向かっていく自分の中の何かが、

向かっている先に何かがあると信じて。

失望があれば希望がある。

その両極端の間でもがいていることに力尽きたら終わりだ。

でも少しでも幸せを感じる瞬間があれば癒される。

構えを捨てよう。気負いを捨てよう。
頑張りすぎも捨てよう。悟りも捨てよう。

すべてを覆す時を信じて。

この世に存在するものはすべてがアートだ。


縛りをといて自由を与えれば本来の姿に戻る。


僕たちはそれのほんの一部しかみていない。


目を凝らしても無駄だ。自分を縛っている限りは、


現実と妄想は表裏一体、実は同じものを別の方向から見ているだけ

この世は実におもちゃだらけ。


子供の頃のように楽しむしかないじゃない?






最近暑さのせいか、みんなの服装がかわってきた。
 
黒い長袖パンツにマスク、虹色のサングラスに黒い傘をさして自販機に寄りかかってる人を見かけた。
 
まるで衰退した近未来の映画の一シーンを見ているようだった。
 
みんながあんな格好し出すと、だれも見分けがつかなくなって、いよいよその時代になったのかなと思ってしまった。
 
人間が考えることは順次実現してきているので、あと5年もすれば様変わりするかもしれない。
 
それも大地震など天変地異も視野に入り始めてきたのでなおさらだ。
 
僕らが何千年もの昔に栄え消えていったかも知れない昔の文明に思いを馳せるように、この先地球が存在して、新しい文明ができたとすれば、
その時代に生きていれば今の僕らの世界にどんな思いを馳せるだろうか?
 
僕らが昔のことが正確にわからないように、今の時代のことも全てはわからないだろう。
 
僕らが存在を意識できるのはせいぜい100年ほどだ。
 
無駄な時間が自分を前に進めるということが、ようやくわかる年齢になったのかもしれない。
 
 
毎年七夕が巡ってくると、同じ思いに駆られる。
 
この時期日本は梅雨で、天の川がはっきり見えない。
 
晴れる日はまれで、それでも夜は雲にかかって、天の川が見えないことが多い。
 
 
よく聞く織り姫と彦星の話は、二人が仲良すぎて働かずに遊んで
 
ばかりいるから、天帝が天の川の両岸に引き離し、
 
年に一度七夕の夜に天の川を渡って再会できるようになったという、   どう考えても悲恋の話だ。
 
 
その大事な日が雨などとなれば、天の川の水かさが増して渡れない
 
つまり会えないということのようだ。
 
原形は中国から伝わったようだが、こんなひどい話を考えたのは誰だ。
 
 
 
実は七夕は僕の誕生日。
 
おかげで毎年天の川を渡れずにいる。
 
僕の織り姫は今いったいどこにいるのだろうか?