JAMIELAND にようこそ By SEI JAY

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入園料タダ、アトラクションもこれまたタダのワンダーランド

毎年七夕が巡ってくると、同じ思いに駆られる。
 
この時期日本は梅雨で、天の川がはっきり見えない。
 
晴れる日はまれで、それでも夜は雲にかかって、天の川が見えないことが多い。
 
 
よく聞く織り姫と彦星の話は、二人が仲良すぎて働かずに遊んで
 
ばかりいるから、天帝が天の川の両岸に引き離し、
 
年に一度七夕の夜に天の川を渡って再会できるようになったという、   どう考えても悲恋の話だ。
 
 
その大事な日が雨などとなれば、天の川の水かさが増して渡れない
 
つまり会えないということのようだ。
 
原形は中国から伝わったようだが、こんなひどい話を考えたのは誰だ。
 
 
 
実は七夕は僕の誕生日。
 
おかげで毎年天の川を渡れずにいる。
 
僕の織り姫は今いったいどこにいるのだろうか?
 
まっすぐと伸びていくセンセープの流れ。
 
ずっと先まで進んで雲の彼方に溶け込んで行く。
 
この部屋が気に入った最大の理由はこの眺めだ。
 
もともと川や海や山のそばが好きだけど、このまっすぐ感がお気に入りだ。
 
実際の運河の先は別として、この流れの先になにか期待したのかもしれない。
 
考え方一つで未来は楽しいものになる。
 
思い込みさえしっかり出来れば。
 
どの世界にいても、
 
どの場所にいても、
 
どの時代にいても、
 
人は生きる気持ちはみな同じだ。
 
 
 
たとえ貧しくても、
 
恐怖に取り巻かれていても、
 
周りから認められなくても、
 
人は一瞬の幸せのために生きている。
 
 
 
それを生きてるうちに手に入れられれば、
 
それこそが本当の幸せなのかもしれない。
 
 
みんな、幸せにな~~~れ!
 
前回、SNSと死後の世界について書いた時、
死後の世界は行ってみないとわからないと書いたが、
 
心拍が停止したことが死への入り口というならば、
実はそこから帰ってきた友人がいる。
 
友人のオーストラリア人は、ジムで水泳中心臓発作を起こししばらく死んでいたと言った。
 
彼の記憶ではだんだん視界がなくなり、真っ暗になったという。
 
それからだんだんと脳がもうろうとなっていったらしい。
 
どのくらい時間がたったのかわからなかったそうだが、ゴミのような小さな光が遠くに見えたかと思ったら生き返ったという。
 
しばらく何が起こったか考える余裕もなかったらしい。
 
あのままだと黒い世界にずっといたのだろうか?冥土も死後の世界も、あるのか無いのか。
 
生き返るというのはいったい何が切替ポイントになっているのか?
 
行くも地獄帰るも地獄にならなければ良いが。
 
FACEBOOK とかのSNS、使っている人も増えてなかなか会えない人の近況が知れたり、連絡が取れたりと便利ではある。
 
しかし、しばらく更新されていなかったり、誕生日や季節の挨拶を送っても返事が無かったりする事もある。
 
単に、忙しくて、面倒くさくて更新してないとか、病気や入院等或いは親族の緊急時で返事が出来ないということであれば、
 
それなりに理解は出来る。さらに嫌われて無視ということもあるかもしてないが。
 
最悪は本人が亡くなられた場合である。
高齢や不治の病や事故にあった知り合いの場合、その可能性がある。実際経験もした。
 
それを知らず死後もメッセージを送っている人もいる。
 
アカウントはその後も残り続け、家族等の申し出がない場合そのままだ。
生前に本人が何のSNSをしていたか、家族も知り得ないこともある。
 
それはまるで死後の世界と繋ぐゲートのようなものに見える。
そこに連絡がついたらこれまた恐ろしいことだけれど。
 
呪いのビデオとかリングという映画もあるが、ビデオやTVがゲートで描かれている。
なぜかみなホラーである。
 
ほとんどの人にとって、死後の世界というものがわからないから
余計怖いものとして認識されている。
 
これも生きているうちに行って帰ってきた人がいないと思うので、あくまで推測ということになる。
 
SNSの彼はもういないけれど、まだ誕生日の通知なんかがやってくる。
これって自分が向こうの世界に行くまで続くということか。
 
つまり本当に一生のお付き合いとなる。
一期一会という教えがあるが、まさに一生のお付き合いとなる。
 
それならば、自分の人生を彩ってくれた、あるいは彩ってくれるみんなに、感謝の言葉を贈ろう。
 
知り合ってくれて本当にありがとう。