腑に落ちないとだめ?

腑に落ちるってどういう状況?

「あー、なるほどね」

「わかるわかる」程度じゃだめだよね?

 

結局、わかったつもりのままなんだよね

 

あいつは、話しながら軌道修正してるよね笑

適当にでもしゃべる

→適当にしゃべってたら、何について話しているのかわからんくなる

→ひとつのこと話始めたら、他がわからなくなる

 

これはマイプロの延長

 

人が書いた企画書だけど

自分の言葉にする

 

もっと自信持って

 

自分の考えを人に伝える

 

プレゼン練習は、誰でもやってる

 

「自分ダメだな」って思ってたけど、

この前とは違う

逃げたいって思わなかった。なんで?

 

下書き機能に頼りすぎて、書き終わらないブログが溜まっている n. です。

 

先日、会社の人に n.さんの文章はポエムみたいで何言っているかわからない と言われました。

そういえば小学生の頃、詩やポエムを書くことにハマって毎日書いていました。読書感想文は毎回、 何書いたらいいんだ(涙) 状態で頭に浮かんだ言葉を並べて原稿用紙を埋めていた記憶しかありません。

 

誰が読んでも内容が伝わる、意味がわかる文章にして と言われても じゃあ、どう書いたらいいんですか が正直な気持ち。でも、それを直接聞く勇気もなくて、未完成のままです。

 

文章力や語彙力をつけるには、やっぱり本を読むのがいいのでしょうか。

元々、積極的に読書をするタイプではありませんでしたが、学校の図書館に通っていた時期もありました。小説ばかり選んで読んでいたと思います。それが最近は、勉強のためにと思って買った雑誌、ビジネス書、自己啓発本。集めることに満足してしまっています。

 

どうにかしなきゃと思いながらも、結局何も動き出せず、時間だけが過ぎていく毎日です。

 

んーーー、どうしても話がまとまらない。とりあえずこのまま投稿しておこう(おしまい)

映画『365日のシンプルライフ』 観ました

 

もちろん真似はできない(苦笑)

でも、参考にしたいって思えるお話

 

モノとの付き合い方を考えさせらた

おばあちゃんの言葉がものすごく、心に響く

ネタバレになるかもしれないから伏せるけど

最後おばあちゃん家に行ったとき私は絶対もらって帰るって知ってたよ、分かってたよ、笑

 

いろんな人が映画とか作品の感想をSNSに投稿してるのを読むと

そんな人たちと同じように、私も文字や言葉で発信したいって思うけど、

うまく表現できないから、短くても、少しでも、数をこなしてみよう。

自分なりにやってみよう。

 

 

フィンランド人の若者が、失恋をきっかけに、自分の持ちモノすべてをリセットして行なった365日の“ 実験”生活。監督・脚本・主演を務めたペトリ・ルーッカイネンの実体験から生まれた「とにかくやってみよう!」のアイディアが、映画という形になった。登場する家族や友人は全てホンモノ、ペトリを中心とするリアルな人間関係と日常生活に起こるドラマが、北欧ジャズシーンをリードするティモ・ラッシーのサックスに乗って、軽快に綴られていく。2013年のフィンランド公開時には、多数の“実験”フォロワーが生まれ、若者の間で一大ムーブメントとなった。(公式サイト『http://www.365simple.net/』より)

 

それはもちろん、賛否両論あるものだから。

自分の意見を強要したいんじゃないよ。

ただ、私はこう思うよって話。

 

高校から出会った人には驚かれるけれど、

私は小さい頃から、かなりの人見知り。

近所の人に声をかけられても母の後ろにすぐ隠れてしまう、

いじったり顔のぞいてきたりなんかされたら泣いちゃうくらいの人見知り。

 

そんな私からしたら、人と直接話さなくて済むから

SNSの方が利用しやすいんじゃんかって思う。

 

でも、私は直接会って話すことが好きだ。

 

最近は、オンラインMTGやらオンライン飲み会、オンライン授業が最先端っていうけれど、

それは本当にコミュニケーションがとれているのだろうか。

もちろん、直接会うことが難しい状況だから必要なツールである。

 

あとこれは、完全に個人的な意見だけど

電話でも、テレビ通話でも、やっている本人(参加者)は楽しいのかもしれない。

第三者からという視点に変えると、どうしても画面に向かって話しているようにしか見えなくて

なんだかそれが私には恥ずかしい苦笑

 

文章が未完成のままでも

その日の出来事は書き留めておこうと思って。

 

きっと、そういう日だったんだ。

少し精神的に弱い日。

少しきつい言い方をされただけ。

それをメガティブに捉えすぎただけ。

 

 

それは夕方からのこと。

最近取り組んでいた、冊子用の地図作成。

まだ完璧にできないなりに、挑戦してた。

 

「n.さん、どう?」

きた… 

 

「…。 ちょっと席変わって」

こうなったのは初めてじゃない。

実際に直してもらうのを、近くでみてること。

 

でも、その日は、

言ってること理解してるのか。

なんでできないんだ。自分がやった方がはやい。変われ。

と、言われた気がした。

そう、決して言われたわけじゃない。実際に言われたんじゃない。

でも私にはそう聞こえた。捉えてしまった。

なんでできないんだろう。

普段から自分で勉強や練習してないからだ。

 

「ちょっと、晩ご飯買いに行ってきます。」

 

事務所の扉が閉まる音がした。車が出ていく音がしたのを確認してから

泣いた。

 

なんで自分はこんなにできないんだろう。

なんで、もう少し優しく指導してくれないんだろう。

私は今、何に対して泣いているんだろう。

それすらもわからなくなった。

 

ご飯も食べたくなかった。

人と会話をしたくなった。

 

その日は家に帰るとすぐに布団に入った。

これまでおさえていたものが一気に外れたような気がした。

思いっきり泣いた。こんなに泣くんだと思うくらいに。

 

不思議なことに、数分するとスッと泣き止む。

でも、また少しして思い出したように泣き始める。

 

もしかしたら、精神的な心の病気ではないかという考えも頭をよぎった。

明日、親に勇気出して言って、病院に行こうかとも思った。

 

泣き疲れて寝たんだろう。

次の日朝、目が覚めて、やっぱり仕事行きたくないってなったけど、

どうしても休むって選択はできなくて

重たい気持ちのまま出勤した。

お昼くらいには、ほぼいつもの調子に取り戻してた。

 

気持ち切り替えが、上手いのやら下手なのやら。

 

とりあえず、【令和2年4月21日】はとても泣いた日。

それだけは覚えておこう。