遠野物語に触発されて書いたお話

 

毎年 今ごろになると載せています。

 

 

 

 

 

 

「冷やし馬」 

 

 

 

月の明るい夜には その黒いたてがみが夜の波のように輝くことから

 

アオと呼ばれた一頭の美しい馬がおりました。

 

 

 

 

 

遠野と呼ばれたこの地方では、夏の夕暮れ

 

一日中畑で働いてくれた飼い馬を 近くの海まで連れてゆき

 

その熱くなった体に海の水をかけ冷やしてやる習慣がありました

 

そして、これを冷やし馬と呼んでいました。

 

 

 

 

「ほれ、見てみろ ヒサが来たぞ」

 

村の男たちが手を休め 浜から眩しげに見上げる先には

 

海岸に通じる道を馬と一緒に並んで下りてくる

 

美しい娘の姿がありました。

 

 

 

 

 

黒く長い髪を赤い端切れで縛っただけの野良着すがたですが

 

すらりとした手足や細面の顔 切れ長の目はハッとするほど美しく

 

長いまつげはふっくらした頬に影をおとすほどでした。

 

 

 

 

 

 

近在近郷に知れ渡るほどの美しい娘です、

 

そしてその傍らには必ず しなやかな肢体のアオが

 

ヒサを守るように寄り添っているのでした。

 




 

 

 

 

 

 

 

遠野の曲がり家で 

幼いころから一緒に育ったヒサとアオ

 



 

ヒサが一八才になった時

 

山向こうの村の分限者からヒサを嫁にという話が持ち上がりました。

 

 

 

 

分限者は近くの山を幾つも持つ大地主です

 

仲人の村長は今度ばかりは引き下がる様子がありません。

 

 

 

「これほどの良き話があろうか」

 

「ヒサはもう十八じゃ、いつまで我儘をいわしておく」

 

「万が一にもこの話を断わるようなことがあれば」

 

と村長は脅すように詰め寄ります。

 

「村の者が山に入れなくなる

 

村の生き死にがかかっておるのじゃ」

 

 

 

 

 

 

それでもヒサが首を縦にふらなかったのにはわけがあります。

 

アオとヒサの心無い噂が分限者の耳に入り

 

嫁いでくるときにはアオを連れてきてはならぬと言い渡されていたからです。

 

 

 

 

 

 

 

  「アオと離れて知らぬ村に嫁ぐのはいやじゃ」 ヒサは泣きます。

 

 

これを知った村人は

 

十八にもなって嫁に行かないだけでも恥さらしなのに

 

こんな身に余る話にも我を通し我らを山に入れぬようにしようというのか

 

と、石を投げ込む者もありました。

 

 

 




夏の終わり

 

遠野には早い秋が訪れようとしていました。

 

 

 

この家で一番早くに起きだす下働きの娘が

 

ギャーと叫んで腰を抜かしたのは、

 

 「なんです、大きな声を出して」

 

起きだしてきた母親もまたその場で立ち尽くし声も出せませんでした。

 

なんと、

 

真っ赤な血に染まりこと切れたアオの体が

 

井戸のそばに 横たわっていたのです。

 

 

 

 

裸足で庭に下りたヒサは

 

 「アオ アオ 目をあけておくれ」

 

アオの体に取りすがり必死で呼びかけますが

 

その美しい肢体はすっかり冷たくなっていました。

 

 

 

アオさえいなければ諦めて嫁に行くと考えた村の男たちの仕業でした。

 

アオはなぜか一度もいななくこともなく 男たちにあらがう事もなく

 

寄ってたかって打ち殺されてしまったのです。

 

 

 

 

 



 

 

ヒサはそのままアオの体を抱いて

 

いつまでも動きませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

夜が来て月が そのたてがみをがみを光らせても

 

朝が来てヒサの泣きはらした顔を照らしても

 

ヒサはただ静かにその首を抱き続けていました。

 

父も母もどうしてやることも出来ず

 

ただ涙ぐむばかりです。

 

 

 

 

次の日もヒサはその場を動きません

 

まるで眠っているかのように。

 

 

 

 

 

 

三日目の朝、

 

今日こそは引き離せねばヒサも死んでしまう

 

父親が意を決して庭に下り立つと

 

不思議なことに

 

ヒサの姿もアオの体も忽然と消えていたのでした。

 

 

 

ーつづくー