【未練がましい蝉】

 猛暑猛暑と騒がれながら、今年の暑さはさほどではなかった。雨の日が多かったためだろう。そのためか、デラウエアの出来が悪い。実ったまま腐り落ちる房が多いのだ。アライグマは来なくなったが、湿気に敗けました、という感じである。

 昨日、彼岸の墓参りの帰途、洋食の昼となった。その駐車場の周りの梅や栗などに、ツクツクホウシが啼いていた。蝉にとっても、未練の残る夏だったのであろう。

【竹の間の乱】

 さて、女性自身に「関係者が首を傾げる“宮内庁の説明”」との記事がある。宮殿における、第2次高市早苗改造内閣の認証式が、恒例の「松の間」ではなく、格下の「竹の間」で行われた。

 宮内庁は、工事中との理由をつけて高市内閣にイヂワルしたのではないか、という憶測である。宮中には、高市に返ずべき意趣がそうとうに重なっている、と見做されている。非礼が目に余るものね。

【渡辺昇一という予言者】

 新潮選書に『日本史はいかに物語られてきたか』がある。通史を語る人物を俯瞰する内容である。

 取り上げられる17人に渡辺昇一がいる。渡辺がめざすのは(1)日本国憲法の廃止と明治憲法の復活(2)皇室典範改正による旧宮家の復活と男系継承の制度化である。それらを実現するのは「マドンナ政治家」かもしれない、との予測もある。

 おお、すごい。大当たりではないか。ノストラダムス昇一と名のってもよいくらいである。

【一種の洗脳】

 まあ、それは悪い冗談である。実際には与党政治家の頭の中は、山川の教科書ではなく、渡辺昇一によって形成されている。その歴史観を理解し、共感したからではない。仲間内のノリとしての断片的理解が先にあり、正当化に便利な歴史観を探している内に渡辺に行き着いた。彼らなりの「団結」に便利だったので使っているうちに信念になった、ということだ。その政策が渡辺の言をなぞったものとなるのは当然なのだ。

【バカボンパパの論理】

 「マドンナ」予測も、彼らの常套する手口から導き出された。女性蔑視政策、即ち男性支配継続政策は、女にやらせたほうが抵抗が少ない。女が決めた事じゃないかと、隠れ蓑にできるからだ。愛子天皇を封じ込め、男どもで大臣職を占有するには、女を神輿にした方が便利なのだ。

 そのせいで、世界ジェンダーランキングが低下しようと、赤根智子を孤立させて法の支配を揺るがせようと、気にしない。頭にネクタイを巻いて気勢を上げる飲み会のノリ、それでそれでいいのだ、というわけである。

【梅でよい】

 高市は、男どものそのような策略を受入れている。男に従順である事こそが、地位を得るために有効と知っている。クラスの副委員長のように、女を裏切る事で己の地位を高めている。「女の敵は女」に一面の真実はある。

 等級のつく商品選択時には、できるだけ中を選ぶ事にしている。外れを引くおそれが少なく、財布にも優しいからである。宮殿にも、何かと松竹梅のランク付けがあるらしいが、次の改造があるとしたら、認証式は梅の間で良い。イヂワルでも何でもない。品質の反映である。高市に次があるとしたら、ではあるが。