【急性心筋梗塞に気をつけて】
月に一度は咽喉の異変が生じる。つっかかり感や逆流である。胃の残留物が気管に入ってせき込んでしまうこともある。当然に寝つきは悪く、眠りが浅くなる。
直接的な死因は肺炎になるだろう、と覚悟している。インフルエンザ感染、誤嚥の他に、逆流も原因となる。病院に運ばれた時には、「もう手の施しようが無い」などと即断されるのだろう。
森本レオは果たして、かねての願望通りに自然死できたのだろうか。実は、奥さんの森和代のファンだった時期があるので、ついでにちょっと気になるのである。
【減税反対を語らせる】
さて、20日の朝日新聞に、またもや反消費税減税論が掲載されている。筆者は桃山学院大学教授の吉弘憲介で、「消費税減税『誇りの再分配』の先に」と題されている。次のような内容である。
減税は「誇りの再分配」でしかなく、国家の公共的役割を縮小させる。国民の財布が厚くなっても、行き着く先は自由の喪失である、とする。
【誇りでは腹の足しにならない】
脅しである。空論である。
第一に、今回の「消費税減税」は、「2年間の食料品の税率引き下げ」であって、「消費税率の引き下げ」でも、ましてや「消費税廃止」でもない。その、部分的、一時的な減税を、まるで納税全面拒否であるかのように捉え、批判する。
また、「消費税減税」を「誇りの再分配」と勝手に「単純視するのは間違っている」。「消費税減税」は、「誇り」を取り戻すための要求などではない。逆進的な間接税の比重を減らし、軽減され続けてきた直接税を見直して累進課税を強化せよ、という要求である。実際に効果のある所得「再分配」を要求しているのだ。「誇り」など腹の足しにもならない。
【新聞社は反社なのか】
第二に、減税は政府の公共性を損なうという短絡である。増税は許されるが、減税は一切禁止という事になのだろうか。軽減税率を適用される新聞社は、公共性に劣る存在、反社ということになるのだろうか。
政府は、景気対策の一環として増税、減税を行なうのであり、公共性がその度に増減するわけではない。景気が安定し、拡大すれば、政府の公共的能力は増大する。政府のなすべきことは、増減税を含む柔軟な財政政策である。
また、消費税増税によって、公共的な政策が増大したという事実はない。社会保障のどこが手厚くなったというのだろうか。
同時に、減税が公共性を直ちに縮小させるわけでもない。他の政策的支出を削減すれば、あるいは増やさなければ、公共性の維持、充実は可能である。現在生じているのは、公共性が軍事費や企業支援の犠牲となっているという事態である。その穴を塞がなければ、いくら増税しても福祉の後退はとまらない。
【誇りは財布の厚さから】
消費税の導入と増税によって、国民の生活が圧迫され、国民経済が成長力を失った。その帰結として安い日本となり、外国人が跋扈して国民の誇りが損なわれた。必要な品が購入できない屈辱が人の誇りを損なうのだ。目の前で外国人が大盤振る舞いをするのを、指を咥えて見ている自分に気がついて誇りが傷つけられるのだ。
今回の減税で財布が厚くなれば、少しは誇りを取り戻せるかもしれない。国民が、その様に考え、要求するのは当然である。その感情を前に、経済学的な分析など無力である。衣食住において、日常において、国民が誇りを取り戻せるようにする事こそが政府の務めである。消費税減税はその一方策である。
吉弘は「財政学者」なのだそうだが、財務省上がりなのだろうか。空論の度がすぎる。桃山学院の学生さんがかわいそうである。