【季節の変わり目の雨】
昨夜は雨、それもかなりの豪雨だったらしい。家の前を流れる沢に水かさがました形跡があった。警告されていた竜巻の襲来こそなかったが、風も出たのだろう。
しかし、揺すぶられたはずの栗の収穫は乏しかった。今朝は5粒ほどに過ぎなかったのである。沢に大量に振り落とされ、すべて流されてしまったのかと疑ったのだが、どうもそうではない。単に、我が家の栗の木は収穫時期が過ぎたということだ。我が家の庭における栗の季節が過ぎたのである。
【嵐を呼ぶ男】 さて、先週から暇を持て余しているので、積ん読の消化に努めている。最近読了したのは、『天皇機関説タイフーン』(平山周吉著講談社刊)である。昨年11月発行だから、半年以上寝かせておいたのかもしれない。重い主題なので敬遠していたのだ。
美濃部達吉を宮沢俊義らと対比させて論じる内容である。一言でいえば、美濃部は学者であり、宮沢は教授、ということになる。最優先する価値が論理性にあるのか、社会性なのかの差である。世渡りの拙さが引き起こしたのが「天皇機関説」事件だったというわけである。
【キテレツな人々】
関連する人物として、箕田胸喜や清水澄などが取り上げられる。今となっては、こんな変な人が居たんだと思わされる化石のような人たちである。軍国主義に大いに貢献した俗物だが、敗戦後の世界が受入れられずに自殺した二人はまだマシなのかもしれない。真崎甚三郎など、極東国際軍事裁判でまんまと不起訴となり、他に責任を転嫁したまま天寿をまっとうしている。みんなに嫌われる田舎者である。
【機関説事件の真相】
平山は、告発の根拠は「機関説」ではなく「教育勅語」にあったとする。天皇の勅語を一般国務と同様に扱い、批判を容認するのは不敬、という攻撃だ。一般大衆にはその辺の論理構造が不明で、なんとなく学説がイケないものだと捉えられ、為政者の方がそれでもいいかと放任したため、「美濃部は機関説で東大、貴族院議員を辞めさせられた」が歴史的定説となっている、ということのようである。
【逆上する田舎者たち】
驚いたのは、美濃部は含めて登場する人物たちが何らかの血縁、地縁を有しているということだ。立場を異にし、対立しているように見えても、Establishment内部の同工異曲に過ぎないというところがある。
その様な人間関係の中に、自分はできると錯覚した佐賀の田舎者が紛れ込んだりしたら、逆上して傍若無人となるのも無理はない。反長州とはただのコンプレックスの発露、規制秩序の破壊行為に過ぎなかったのだ。そんなのにコロッとだまされる青年将校もまた、より素朴な田舎者だったということいなる。
【美濃部の不祥の孫弟子】
実は、学生時代に交わされた憲法の教科書は、美濃部著、宮沢増補の『憲法概論』であった。その序において美濃部は、新憲法制定によって統治機構は一変したが、天皇を中心とする「精神的倫理的」意義における国体は不変であると宣言している。宮沢の8.15革命説とは趣が微妙に異なる。
講義を受けているとき、美濃部がどんなに偉い人なのかなどまったく知らないでいた。しかし、高市ら日本会議系の復古主義に対する嫌悪感からすると、しっかりと美濃部の学徒だったりするのかもしれない。そのように自覚した。