【水没する車】

 千葉の豪雨による水没車の多さには驚いた。1200台以上だという。ハイブリッドなどの電池積載が故障を誘発しているのかもしれない。

 アンダーパスに水が溜まっている惨状は、何年か前の当地と酷似している。排水のための電動ポンプが何らかの理由で(おそらくは水没して)稼働しなかった、という情けない背景も同様である。

 「災難は我が身には無縁である」、「日常はいつまでも同じように繰り返される」、という根拠なき楽観は、他者の暗愚怠惰によってかようにたやすく崩壊する。

【下流の宿命】

 ということで、14日以降、当地でも降雨は激しかった。ちょっと雨量が増えると、家の前の沢の流れは激しさを増す。たまに溢れ出す。上流一帯の水田が宅地化され、保水、貯水機能が損なわれたせいである。田んぼを売って豪邸を建てた地主のせいで、ローンで建売を買ってた庶民が泣きを見る。「下流」に属する以上、天災の受忍は宿命なのかもしれない。

【反省と誓いなき世界観】

 さて、「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」始めてから81年である。武道館での「全国戦没者追悼式」での高市の発言が取りざたされている。「反省」の「せ」の字もない女人による、「繰り返さない」から「繰り返させない」への変更である。

 「せ」ひとつで、戦争の負の側面は他人が引き起こす事態に限定されるようになる。中国や北朝鮮、ロシアには手を出させないぜ、との決意表明である。そのために自衛隊員が海外で犠牲となったり、列島が戦地となって日本人が再び戦災に見舞われるのはやむをえない。「繰り返させない」ための措置なのであり、政府の行為によって「繰り返され」るのは容認する。高市が惨禍を引き起こす責任は見逃される。

【自覚なき日本主義】

 高市にとって、戦争はあくまで他人事なのだろう。「アジアの灯台」などの大言壮語で装って何か言った気になっている。戦前、日本主義を唱える連中が「アジアの光」を標榜し、日本を侵略に駆り立てた歴史などまったく知らないのだ。

 ここはもう、自衛隊の男女比率を同じにする義務を政府に課すことで、高市を支持する女性達の覚醒を図るしかないのではないか。新法の名称は「男女兵役均等法」である。それはジェンダーの根源的な否定となるので男にも波及せずにはおかないのだが、なんだかやむを得ない措置のような気がする。