【固い梅の実】
 雨が断続的に降り、梅雨らしき風情となった。梅の実がいつしか肥大し、落下するものがで始めた。収穫期近しである。明日にでも、シロップ漬け用に青いのを先取りし、来週には梅干し用の収穫である。今年の梅は美味いだろうか。

【老いに学ぶ】

 さて、筒井康隆の『90歳のあとさき』を読んだ。コンパクト版本で1650円は高いなと思いつつ、『文豪』に敬意を表して購入した。老化の実相を学習しておきたいとの思いもある。

【快食】

 {(快食+快眠+快便)+(快浴+快淫)}がエピキュリアンとしての評価ポイントだと思っているが、筒井の関心はほとんど(快食)である。「老耄美食日記」との副題まで付されている。しかもほぼ毎日、夫婦で数万円の「野放図な」外食である。外食なんて月1、それも麺類であるかどうかの当方としては、驚愕の食生活である。

 御両人の食欲は凄まじく、フルコースを完食に次ぐ完食である。ただその様な食生活は、夫人の調理不能に原因があるのかもしれない。食事を作らせたらまずくて喰えたものではなかったとの不服が何度か出てくる。婦人には、同じ言説を繰り返したり、高額な服やバッグを衝動買いするなど、どうも認知症の気配がある。

【ミシュランを支える人たち】

 筒井の年間所得は3000万ほどあるらしい。1000万円ほど貯金が減ったとぼやいているから、年に4000万円ほどの消費生活をしていたことになる。住居は東京と神戸にある。夫人の数十万円の物欲に応えてやるなど容易い事なのだ。

 その様な暴飲、暴食、暴煙の日常のあげくに、筒井は倒れる。しかも「小箪笥」に頭部を打ち付け、頚椎を損傷し「ほぼ全身不随」となる。5か月ほど?の入院加療後に車椅子となり、よんどころなく、完全看護の「高級」老人ホームに入居となる。

 すると(快食)にも限界が生じ、「同じようなレストランや料理」となったため「美食シリーズ」は幕となる。もっとも、始めからひいきの店での「同じような」食事の繰り返しでしかなかった。全国を尋ね歩き、未知の味を発見していくような「美食」ではない。三つ星何とかやらが維持される構造とはは、筒井のようなオカネモチ老人の浪費にあるのかもしれない。

【深田恭子のなぐさめ】

 さて、(快食)のほか快楽追求の言及は少ない。

 (快眠)はとうに諦めているらしく、睡眠剤を常用している。頚椎損傷の後遺症なのか、手のしびれや足のけいれんなどに悩まされている。睡眠にも健康な体が必要なのである。

 (快便)は、便秘や下痢の悩みはない様である。ただし。小用が夜間3度ほどだったらしく、「全身不随」となれば就寝時はおむつ着用とならざるをえないだろう。

 (快浴)は、2、3日に1度の介護入浴らしい。それまで温泉等を含めて、入浴には無関心のようであったのだが、今となっては、元気な内に楽しんでおけばよかったと悔やんでいるのではないだろうか。

 (快淫)に関しては、夫人に対するプラトニックな愛で足りているようだ。夫人に少し似た五十嵐淳子がお気に入りだったそうで、その訃報に落胆しているかもしれない。あとは深田恭子に特化するしかない。

【食い道楽は真似できないが】

 筒井は、酒もタバコもやれなくなったらあとの楽しみは死ぬだけだ、といっているが、映画観賞も大いに楽しんでいる。ホーム入居後には、名作を繰り返しを観ている。この辺が何となく、当方の生活と似ている。当方は新作中心だが、食後に映画を見ながらうつらうつらするのは至福である。

 ただ、食い道楽の真似は無理である。ニューオータニや帝国ホテルでの外食など考えられない。三笠会館のランチでさえ入口で引き返し、仏蘭西屋のサンドイッチセットのコーヒーをおかわりするのが精一杯の身上である。高級老人ホームも無理だから、地の利を活かして日帰り温泉を楽しむくらいしかない。老いも様々であるという事か。