【暇な時には蚊をつぶす】
暇な時には、つとめて庭に出て徒長枝を間引く。ブルーベリーの1本など、気がつかないうちに菊の株に埋もれてしまい、危うく枯れてしまうところだった。ちょっと周りの枝葉を取り除いてやったら、深呼吸をするかのようにのびのびとしてきた。植物に、陽当たりの悪さが一番酷なのである。
ただ、その様な作業をしていると、いつの間にか蚊があちらこちらに止まっている。まだ深刻な被害には遭っていないが、油断禁物である。酷暑のせいで、変な伝染病が流行らないとも限らない。庭に出るたびに虫除けスプレーが必要、そんな季節となったのかもしれない。
【血の流れが悪いといわれつつ】
さて、今日は造影剤CTである。9時前に受付を済まして、終わったのが14時前である。朝食抜き、昼食抜きである。すべて予約診療のはずだったのにこれである。まるで昭和の診療所である。
太い針を刺されながら、看護婦に血の流れが悪いと文句を言われた。造影剤がすんなり入っていかないらしい。枯れた枝に樹液が流れないように、老いた腕は血が枯れかけているのかもしれない。
【順調という不調】
で、診断はというと「順調ですね」である。それは着々と寛解に向かっているということではない。治療箇所に異変はなく、遠隔転移も確認できない、すなわち特に異常は見られない(今のところ)ということに過ぎない。来月がどうなっているかは不明である。
反回神経の回復は見込めないとの断も下された。とうとう障害者である。
【様子を見るという判断停止】
放射線を照射したリンパは、白く薄い影となって写っていた。健常な組織で代替されたのではなく、痕跡として一定の容積で残っているのである。そこに癌細胞が生き残っているかどうかの判断はできない。16日に放射線医の診断があるが、それも専門医の見地から根治を判断するものではない。後遺症の確認が主なのだそうである。
ということで、安心できる判断は示されなかった。様子を見てみましょう、である。
【無知の諦念】
患者にできることは高が知れているというか、ないに等しい。治療に関する絶対知どころか、現段階の最新治療の知識すらない。祈ったり、壺を買ったりこそしないが、通俗的な知識で理解した気になり、情念の発露を抑えるように勉める。悩んだりしない。それだけのことだ。
【神無き里に雨が降り】
長い待ち時間の間、長谷部邦男の「憲法の階梯」を読んでいたのだが、最初の方はマイモニデスにスピノザと、西洋哲学である。両者とも「存在するものは合理的である」に通じる現状肯定論である。
その伝でいくと、癌になったのにも意味があり、これからどうなるのかも既に決まっていて正しい、ということになるらしい。大衆は、預言者にあらざる者は、神の善意を信じて未来に身を委ねるしかない。それが分相応の身の処し方というものらしい。