【ツツジ曇りの5月である】
今朝は4時前に震度3の揺れで起こされた。といいたいところだが、実はその直前に目覚め、悶々としていた。高齢者の中途覚醒である。
原因は低血糖かもしれない、と思い始めている。何しろ19時前に夕食を済ませ、後は固形物を一切口にしない。7、8時間もすれば腹が空き、目覚めもするだろう。
【日常に埋没】
退院後は「日常」を味わい、楽しんでいる。「三快」特に、食欲に執心し、牛肉や鰻などを自分で調理する。
今日の昼は昨夜から発酵させておいたピザ、夜は牛ハラミの網焼き、それに釜山の屋台で覚えたシロモツの煮込みである。その程度の「ぜいたく」である。
とにかく、体重をできるだけ回復し、きたる治療の「ライン」に備えておかねばならない。あすからは、放射線再開でもあるし。
【贅沢な式典】
ということで「快」にこだわっているのだが、時に不快なものを見てしまうこともある。4月29日に日本武道館で挙行された、内閣府主催の「昭和100年祈念式典」である。様子がyoutubeで配信されている。
式典は、両陛下のご隣席を仰いだ上で、三権の長がひな壇にならぶ。参列者は各界のお偉方、つまりは自民党支援のご老体である。各長の式辞と挨拶が繰り広げられ、後半は海上自衛隊東京音楽隊の演奏である。こんなのに2億円もかけたらしい。
【ディープパープルが裸足で逃げ出す】
その演奏の様子が、気持ち悪い。演者の身振り、手振り、ミエの切り方が、ほとんど中国、いや北朝鮮のようなのである。そのような表現がサナエちゃんの理想らしい。手を打ち、体をくねらせてはしゃいでいる。統一教会仕込みの感覚なのかもしれない。
両陛下は手持ちぶさたというか、陛下は憮然としておられた。ひな壇の真ん中に座らされただけで、何もすることはない。ただのお飾りである。
「時代を顧み、将来に思いをいたす機会とする」のが式典の目的だとするが、だったら自分たちだけでやったらどうだ、という思いなのかもしれない。
【恐れを知らない】
サナエちゃんは、天皇をとことん利用する。ご入場、ご退場の際に、出席者全員の起立を求めている。そのように、国民に目上の存在をしっかりと意識させ、その至高の存在すら操作する自分の権力を見せつける。天皇制は国民を支配する道具に過ぎないのだ。だから、陛下の御前で、畏れ、敬い、謹むということがない。その様に振る舞う神経が、日本人として理解できない。
【東海のお笑い】
両陛下のお気持ちなどどうでもいいのだろう。家族の継嗣さえ妙な理屈で勝手に決められ、傍系にすり替えられかけている。「思い」を封じられるのが今の皇室である。
この内閣の究極の無礼に、物申す「保守」はいない。一水会が何かいっているようだが、大海に投じられた小石である。
礼を失い、法を失い、波濤にもまれたあげくに到達するのが「元山葛麻」の海岸だとしたら、もはやお笑いである。