【屁理屈は無理屈】

 自衛官の国歌斉唱が問題となっている。歌手として有名な隊員が自民党大会で制服姿で熱唱したらしい。自衛隊法は、隊員の政治的行為を禁じている。しかし小泉は例の調子で、自衛官が私人として行動するのは許されるし、その際の制服着用は許される。私人であれば政党の大会に出席することも可能であり、国歌斉唱も政治的行為に当たらない。と屋上屋を重ねて正当化した。

 政党の大会の壇上でのパフォーマンス自体が政治的行為に他ならないという常識的な感覚がない。あるいはないフリをしている。この理屈が通るなら、今後、各政党の大会への制服姿の自衛官出席が常態化することになる。それは政治の軍利用であり、やがては軍による政治介入を招くことになりかねない。戦前への回帰である。

【燃やせどうでもいい女】

 この自民党大会では、世良公則も「燃えろいい女」を熱唱したという。高市なんか火あぶりにしてやるとの挑発ではない。いい女を早苗と言い換えてのことだから、高市はいい女だぜと称賛しているのである。

 まあ、ロックのフリして演歌を歌っていた御仁のことだから、太鼓持ちの営業ご苦労様ということになるのだが、布袋寅泰までその輪に加わるとなると、ちょっとぎょっとする。布袋は、ディープ・パープルの首相官邸訪問を「未だかつてない素晴らしいこと」とXに投稿したというのだ。(HAFFPOSTなどから)あの布袋がである。

【ディープなロック】

 ディープ・パープルは好きで、コンサートにも行ったことがある。高市とは実は同好のよしみなのである。しかし、ディープ・パープルに日本政治に関する知識などなく、高市を応援する意図などなかったと推察できる。日本側の営業戦略に引きずり回されただけで、「首相とロックンロールとの交わり」なども考えてもいなかっただろう。それを「素晴らしい」と言ってのける布袋の感覚がすでに爺さんなのである。力のあるものに簡単になびくこの手合は、君子でもないのに豹変する。ある日突然「金正恩マンセー」などとシャウトするかもしれない。世良と布袋がそのように「ロックする」のを、ゲテモノとして見てみたいような気もするが。

 

【刹那的な日々】

 さて、今日は温泉である。飯坂にまで足を延ばす。行ける内にいっておこうという思いからである。昨日からどうも不調である。照射されているあたりに、これまでの爪でこすったような感覚が、爪で引っ掻いたような軽い痛みに変わってきている。ダメージは少しづつ蓄積され、ある日突然耐え難い苦痛に変じるのかもしれない。

 同じ行けるうちにとの思いで、5月の歌舞伎座団菊祭「助六」のチケットも取った。2等A席の大盤振る舞いである。非生産的、享楽的だなあ、と自分でも思う。今日、明日は仕事がまったくはかどらないし、極めて刹那的な日常を送るのである。