【カラスとの前哨戦】

 暑い。しかしブドウの袋かけをやらねばならない。先延ばししていたのだが、甲州では作業繁忙期だという。東日本はその時季到来なのだ。

 今朝、カラスが梨の木にやってきていた。もう食えると踏んだのだろう。あのどん欲さでブドウも襲う気でいるに違いない。先日は巣立ち雛らしきのを連れてきていた。坊や、ここは格好のえさ場なのよ、と教育していたのかもしれない。とり合えず音を発して追い払ったが、真剣に防御策を考えねばならない。知恵比べである。勝てるだろうか。

【Janis】

 昨夜のNHK Jazz TonightはSummer Time特集であった。そこで、Janisが紹介されていた。大友が、もう少し長生きしたら、Jazzとコラボしていたのではと語っていたが、彼女のBlues感覚の秀逸さがそう思わせるのだろう。

 恥ずかしながら、JanisがNewport Jazz Fessに参加していたことから、その歌のジャンルをJazzというのかと思い込み、Jazz喫茶に通うようになった。Jazzを聴くようになったのはJanisの導きなのである。

【八代亜紀】

 また、大友は八代亜紀も紹介していた。八代にも一流のBlues感覚があるということなのだろう。8月はBlue noteでの年に1度のライブの季節だったのだが、あの笑顔をみることはもうできない。

【藤井草太】

 先日の朝日新聞に藤井草太のAIに関する発言が載っていた。AIは正確ではあるかもしれないが、正しいとは限らない。同時にAIと異る見解が誤りとはいえない、というものであった。AIを駆使して強くなったといわれている藤井がそういうのである。至言である。その分野を極めた一流の人物は、ちゃんと真理をつかんでいる。

【AIと人間の違い】

 それでは人間に正しさがあり、AIにそれがないのはどうしてだろう。究極的には、その「知」が肉体と結合しているかどうかにある。AIに肉体はない。したがってその判断は、肉体の消滅の危機感と結びつかない。いくら間違っても、そのことで物的に毀損されるわけではないのだ。

 しかし人間は異る。将棋でも音楽でも、その判断は肉体に影響する。勝負に敗ければ食えなくなるし、曲の解釈を間違えれば聴衆を失うことになる。下手をうち続ければ肉体を失うのである。AIは、いくら正確であっても決して人間のように、かけるべき肉体を持たない。かけがえのない何かを賭けはしない。正しさとは無縁な能天気な正確さがあるに過ぎない。

【生者必滅】

 それでは人間万歳なのかというとそうとばかりはいえない。肉体を有するということは、やがて劣化し、消滅することが避けられないということでもある。手にポンプの水を浴びてみずという言葉の意味を体感できるということは、やがて節くれ立ち、関節が歪み、うまくものををつかめなくなり、やがては水の冷たさも感じなくなる、という宿命の裏返しなのだ。そのような儚さと引き換えに生を実感している。そこから正しさを求めている。藤井聡太がAIよりも賢いのは、死に行く存在だからこそなのである。

 Janisも八代もすでにこの世の人ではない。肉体を有するが故に何かを求め、求めながら滅んでいく。その挙句の寂静である。