【降雨の流血】

 いつから降り出したのか不明だが、朝は雨である。朝帰りの猫の背中が濡れていて気がついた。猫は、雨のせいで思うように徘徊できなかったのか不機嫌で、ベッドの上でのじゃれつきが昂じて二の腕に噛みついてきた。鋭い犬歯がぷすりと刺さり、完全に目が覚めた。雨が降ると血が流れる。

【病院は血の海】

 さて、ガザで流れている血は大量である。ガザ保健当局の発表によると、イスラエルの8日のヌセイラト難民キャンプへの攻撃で274人が死亡したという。(共同通信)大半が一般市民であり、負傷者は698人にのぼるという。当然に子どもが含まれる。

 ネタニヤフは人質を奪還するためのやむをえない戦闘だったとしている。人質の数は4人である。パレスチナ人274人は、イスラエル人4人以下の命であるといっているようなものである。

【唯一神のお楽しみ】

 イスラムの神はアッラーと呼ばれる、ユダヤ教の神はヤハヴェである。それぞれに信者の庇護をうたっているので、ハマスとイスラエルのどちらが勝つかは、どちらの神が正しいかを判明させることになる。敗けたら自分の死後の保障も失われる。神を信じたりすると、引くに引けなくなるのである。

 ただ、アッラーとは唯一の神という意味であり、実はヤハヴェである。大天使ガブリエルがそれぞれの重要場面に登場するなど、ユダヤ、キリスト、イスラエルは、同じ神を信じる異宗派といっていいくらいなのだ。

 ということは、パレスチナ人とイスラエル人を争わせているのは同じ神であるということになる。ヤハヴェが、膝下に集って蠢く人間を、

異る名で呼ばせて二つに分けて争わせている。子どもを殺させている。それがどのような目的があってなのか不明だが、人間ならロクな奴ではないといわれるのは間違いない。神が居ると人は不幸になる、といってもいい。

【憶病者の暴虐】

 誰かが、神を信じるのは死ぬのが怖いからだ、といった。神を信じることで死後の考察をしないですむ。死んでも生き返るとか、死んだら永遠の楽園とかのお気楽な心の持ち様が許される。神の否定は、そのような判断停止を取り上げられることを意味する。その恐ろしさのあまりに必死になる。逆上して否定するものの抹殺を図る。あいつらが居なくなればまた考えなくともよい安逸な日常に回帰できる。かくして、憶病者の暴力はとどまることを知らない。

 今イスラエルが行なっているのはそのような暴力である。ハマスがコンサート襲撃で死者がでたとの報を聞いたとき、その報復で何人のパレスチナ人が殺されることになるのかと真っ先に考えた。まさか5万人近くにのぼるとは予想しなかった。

【神様のお楽しみ】

 訳知り顔で、ハマスが市民を防御の盾としているから犠牲者が出るとか解説する人がいる。悪いのはハマスだというわけである。しかしそれは今のイスラエルの真のねらいを見誤っている。彼らは、パレスチナ人を殺すこと、その住居を破壊し更地にすることを狙っている。イスラエルの地からパレスチナ人を一掃したいのだ。だから動くものには銃弾を浴びせ、屹立する物体にはロケット弾をぶち込む。見境がない。これをホロコーストという。ナチスに学んだやり口である。

 その口実として人質救出をあげる。攻撃を継続する根拠として捕虜は便利なのだ。一緒くたに殺すことになっても、その救出の側面だけを宣伝する。殺しをもっと続けようぜと賛意を求めることができる。

 かくして、臆病で卑怯な大人たちのせいで、死を知らない、神も何もない子どもが殺される。神の名を口にすることもできない赤ん坊が殺される。それが、彼らの共通の神のお楽しみなのである。