【すぐに溶け出した雪】

 雪である。午後になって止んだが、10センチ以上は積もっただろう。軒先から落ちる雪の音に、猫たちが右往左往している。東京では、転倒などで130人以上が救急搬送されたという。しかし路面の雪ははや溶解し、長靴でなくとも歩けそうである。越後山脈界隈の積雪とは趣が異る。所詮、春の雪なのである。明日からの晴れで、土手に蕗の薹が顔をのぞかせるかもしれない。

【逃げ切れるものなどいない】

 さて、今週号の東洋経済「核心」が、年金のマクロ経済スライドについて論じている。筆者は解説部部長の野村明弘である。要旨は、マクロ経済スライドは高齢世代ヘの給付を低減することで、現役世代の給付維持を実現する。だから、高齢者を「逃げ切り世代」とする評は誤りである、というものである。

【積立金という甘い蜜】

 これだけなら、現役世代も給付水準が維持され、彼らの年金に対する不信感を払拭する、建設的な論評ということになる。しかし、その立論の基礎的知見が雑である。いい加減な素材に立脚した論証は、いくら美しい言葉で飾られていても、ゴミである。

 野村は、高齢世代の給付水準引き下げによって「積立金」を保持し、将来世代の給付財源とする必要があるという。主張の「核心」はそこなのだが、何か変だとは思わないのだろうか。

 「積立金」を積み立てたのは、現役世代ではない。彼らは保険料納付の現在進行形にある。積立の途中である。すでに存在する219兆円を積み立てた寄与者であるはずがない。当然に、未就労の将来世代でもない。

 それでは、主に誰が積み立てたかというと、今受給している高齢世代である。正確にいうと、公務員と民間労働者が積み立てた。彼らは、ロクな年金制度がなかった親世代の扶養と同時進行で、なけなしの給料から「積立金」を拠出した。昭和の年金は「積立制度」であり、自分たちの将来の給付財源とするためである。

 しかし、この巨額の「積立金」は方々から狙われることになる。まず、制度格差の美名の下に国民年金と統合され、ろくに積立をしてこなかった3号被保険者の給付の財源とされた。その際に「賦課制度」への転換も図られた。

 それは、資産を有する親の家に放蕩息子が駆け込んで、これからは家計を一緒にするから、貯金の使い道も一緒にね、とするようなものであった。そしていま、積立金を築いた親世代は、毎月の小遣いを減らされ続けるだけでなく、息子と嫁に通帳を取り上げられ、これは俺達の老後資金にするからね、と申し渡されたようなものである。「高齢世代の納得」などあろうはずがない。孫子に使ってもらうのだから「納得も得られるのではないか」との観測はペテンである。

【はんかくさい半可通】

 野村の知見の細部には誤りが多い。24年度年金改定に関して「マクロ経済スライド調整率0.4%が引かれて2.7%になった。結果、0.4%分だけ所得代替率は低下する」としているが、0.4%調整率は年齢構成から算出され給付額計算に適用される。所得代替率は、その給付額と現役世代の手取り収入の比から算出される。手取り収入は独立した変数であり、近似することはあっても同じ値となる必然性はない。

 また「1654年度生れの人の所得代替率が、当初の61.7%から44年度には41.7%まで低下する」との見通しの後に、「79年度生れ」は51.7%になるとし、世代間の不公平を是認し、支持している。各種の調整は、公平な受給のためではない。将来世代の「夢」のための、高齢者受給額削減なのである。

【嘘の夢の嘘】

 そしてそのような「夢」は、厚労省の悪徳官僚によって儚くも破られることになるだろう。インフレに強いと言っていたのに手のひらを返してマクロ経済スライドを導入した。そのうちに、あまりにインフレがひどくて積立金も財源として役に立たなくなった。所得代替率を完膚なきまでに引き下げるからよろしくね、などといいかねない連中なのである。今現在の支給額を減らすための、世代間を分断するためのの「嘘」に過ぎない。

 保険とは、一定の集団の成員が拠出し、事故の際に給付するしくみである。政府が集団を形成して運営するのが社会保険なのだが、政府はその積立金にたえずちょっかいを出してくる。児童給付とか、子ども子育てとか美しい言葉で飾り立てて保険料の上乗せを図ろうとする。国民負担率の高騰との批判が生じると、あれこれと自己負担の伸長拡大を図りもする。マクロ経済スライド制はその一手法に過ぎないのだが、まんまとだまされて、称賛する輩があとを絶たない。

 なお、高齢世代の「積立金」を横取りすることで現役世代だけが得をするのではない。保険料の固定は、被保険者負担を固定するだけでなく、雇用主である企業の負担をも固定する。国民の分断による保険料固定化は、企業の密やかな利得となるのである。だから飴を与えてあちらこちらで翼賛情報を拡散する。どうやら東洋経済も、その程度の雑誌らしい。