【石を投げられたらミサイルを撃つ】
イスラエルのガザ侵攻がひどいこといなっている。開戦当初はイスラエル、ハマス双方の死者は1400人程度とされたが、その後パレスチナ人での死者が1万人を超えるようになっている。イスラエル側はまったく増えていない。それどころか、1200人と当初より減っている。イスラエル側死者にハマス戦闘員が紛れ込んでいたからだという。被害を過大に見積もるための、いい加減な数字だったのだ。そしてその後に起っていることは、イスラエルによるガザの一般住民、特に子どもの一方的な殺害である。ガザの死者数だけが積み上がっていく。こういうのを虐殺という。
【ヒトラーの悪企み】
かつてヒトラーはユダヤ人の殲滅を図り、虐殺を遂行した。ここからは歴史のifなのだが、もしその計画が完遂していたならば、現在のガザの悲劇はなかった。ユダヤ民族が消滅しているのだから、彼らによる異民族虐殺は生じない。ということで、現在のパレスチナ人に対する非道の原因として、ヒトラーのユダヤ人殲滅計画の失敗があげられる
【アンネなんかどうでもいいネタニヤフ】
そのような主張が許されないのは重々承知している。なぜなら、どのような理屈を考えつこうとも、一人一人の人間を民族として曖昧に括り、その民族であることのみを理由に殺害することなど断じて許されないからだ。ドイツ人がドイツ人であることを理由として殺されてはならないのと同様に、ユダヤ人と認定されることを理由にガス室に送り込んだりしてはならない。
同様に、ガザに住んでいる、ハマスの軍事拠点の近くに住んでいる疑いがあるというだけで、ミサイルでその住居を住人もろとも破壊することなど許されない。難民キャンプや病院に対する攻撃は尚更である。
目には目を、というのがネタニヤフの行動原理である。ユダヤ人が千人以上殺されたのだから、パレスチナの子どもが何千人死のうと知ったことではない、である。それでは、アンネらユダヤ人の悲劇を非難する論理も掘り崩してしまうことになる。
【自らを破滅の淵に追い込むシャイロックの系譜】
むしろ、何の罪もない子供を殺す、疑わしいというだけで虐殺をためらわないのがユダヤ人であり、そのような危険な連中のいる地域には住みたくない。出て行かないなら殺してしまえ、という主張を正当化することになる。ヒトラーは正しかった。彼がもっとうまくやってくれれば良かったのに、という評価を引き起こすかもしれない。イスラエル人はシャイロックのように、おのれの残酷な論理に囚われて身動きができなくなる。
【神は死んだ】
今生じている悲劇にヤハヴェもムハンマドも無力である。何の助けにもならないだけでなく、むしろ争いの種となっている。神こそが人々を分断し、争わせ、日常を破壊する大元となっている。そのような苦しみが人間に課される意図は不明だが、得体のしれない神の目的を成就するために子どもの死が必要だとするなら、もはや神そのものが無用である。と、ドストエフスキーを真似ていっておく。この混乱の末にせめて、神も民族もない人の世が出現することを、ただ願うばかりである。