【あの人ならではの勘違い】
首相の「女性ならではの感性や共感力も十分発揮していただき」発言が炎上している。どうして女性特有の側面からの貢献がことさら期待されるのか、「男性ならでは」とはいわないのに、というわけである。
しかし首相の発言を論理的に捉え、追求する方がどうかしているのである。
【勘違いの勘違い】
「岸田内閣は15日の閣議で、副大臣26人と政務官28人の人事を決めた。計54人は全て男性議員で女性議員はゼロとなった。」(朝日新聞)。「女性ゼロ」は、2001年に副大臣・政務官が導入されてから初めてのことだという。
論理に真摯であれば、「女性ならではの感性や共感力」が不要だから任命しなかった、ということになる。松野官房長官は「人事は人格、識見を踏まえ、適材適所」といい、その論理を裏打ちしている。0なのだから、副大臣、政務官に女性は人材として不適切なのである。
【論理よりも情】
しかし首相や官房長官の発言に論理性などないのだ。ただの文学的修辞、美辞麗句なのである。受けることだけを考えた「言葉の綾」である。女性大臣5人も受けると考えたからやっただけで、仕事を期待しているわけではない。人事を修飾するために「女性ならでは」の言い回しをより出した。ところがあとで、副大臣、政務官から女性を外した。それが悪目立ちし、支持率には逆効果になるかもしれないと考えるだけの知能がない。課題に向き合わず、情に訴え、体裁だけで乗りきろうとする。ジャニーズ事務所やビッグモーターと同類の生物なのである。
【軽い神輿は軽い言葉しか吐き出さない】
従って「あすは今日より良くなる、誰もがそう思える国づくり」にも意味はない。そういえば褒められるだろうというだけのことである。「経済、社会、外交・安全保障、この三つの柱を中心に政策を進めていく」も同様である。官僚にそのようにやれ、成果を出せと命令するかもしれないが、どのように進めろとはいわない。わが事として何も考えていないからいえるはずがないのである。
かくして、令和5年の夏のような秋は深まっていく。ま、株が上がっているからよしとするか。