Ring around the rosie

 「バラのまわりを輪になって

  ポケットは花束でいっぱいで

  灰よ灰よ

  みんな倒れる」

 中世西欧でペスト禍のときに唄われた童謡だそうである。

 ウィンストン・ブラックの『中世ヨーロッパ』は、その説を否定する。19世紀末以降の英米ででっち上げられた「完全なフィクション」とまでいう。

 しかし、真実でもなかったことにし、嘘でも信じようとするのが大衆というものである。ペスト流行の際、人々は症状が悪化しても狂気のように踊りまくり、やがて倒れ、焼かれてしまう。感染症の流行の中で、集団ヒステリーに陥っていた、という解釈である。

 この解釈があながち間違っていないと思わされるのは、眼前に人々の踊りまくる光景をみせられるからである。コロナ禍の最前線のはずの札幌で、人々は路上に繰り出し、ひしめきあってマラソンを観戦していた。

 ポケットの中の花束とは、薬効をうたうハーブ類だとの説がある。対策をしているから感染しない、発症していてもやがて収まる、そのように楽観して、ポケットを膨らませて人々は「密」の中に繰り出していった。今ならさしずめ、ワクチン接種が花束である。2度打ったからもう大丈夫。コロナは克服した。人ごみなんか怖くない、というわけである。

 しかしそれはどうやら錯覚のようだ。デルタ株やガンマ株には既成ワクチンの効が薄く、罹患してしまうというのだ。そしてその錯覚に基づく行動こそが、現今の感染拡大の最大の原因だとの指摘がある。(「ワクチン効果」過信/時事)札幌の観戦は、一週間後の感染に直結する、列をなしての踊りなのである。やがてバタバタと倒れ、五輪の影響が「数字的に裏付けられる」ことになる。

 政府には、倒れた人を病院に収容するつもりない。それが先日の自宅療養方針なのだ。倒れたら自分で何とかしてね、重症化したら搬送するつもりだけど、その時に病床が無くなってたらごめんね、判断がつかなくて手遅れになったら諦めてね、ということなのだ。

 で、他方では、7000人の医療関係者を囲い込んで五輪祭りを開催した。「バブル」というのは、五輪関係者が出ていって市中に感染を拡大しないようにする配慮ではなく、一般国民が選手村等に入り込んで競技運営の支障とならないようにする排除の仕組みを意味していたのかもしれない。

 そしての祭りがとうとう終る。「みんな倒れる」「灰になる」。剣も笏も冠も役に立ちはしない。皇帝さんなどの権力者ですら死の踊りに引き込まれる。「私の踊りにさあどうぞ」である。汗が流れる。