学校が再開されて1週間になる。当県は東京より先に再開しているのだ。で、学校の状況はというと、ある小学校のクラスでは授業中に居眠りをしているのが数人はいるそうだ。短縮、昼過ぎ放課となるにも関わらずこの始末である。生活習慣が崩れてしまっているのだ。春休みなどのただの長期休業の後とは異なる。コロナ休校の悪影響は確実である。

 また、遊んでしまった2ヶ月分を回復する策はあるのだろうか。どこかのアホな高校生が言い出し、どこかのアホな政治家が悪乗りした9月入学という案がある。いっそのこと半年休ませちまえ、9月リスタートでいいではないか、根拠はグローバル、欧米がそうだから、である。

 この案に対して、中室牧子慶大教授が東洋経済今週号で分析している。「コロナ休校で遅れた教育 9月入学で解決は困難」という題である。

 それによると、ベルギーやアルゼンチンでは、教員ストライキでそれぞれ2ヶ月、88日の休校があった。その時の子供たちには明確な悪影響が見られた。留年、大学での成績低下、賃金低下などである。ノルウェーの研究では、入学時期を半年遅らせることで1万ドルの生涯所得が失われるという。9月入学は子供たちにとって、絶対的に「損」なのである。

 また、前川氏などが言及しているように、9月入学はこれまでも議論され、社会的なコスト比較、つまりは損得勘定で断念している。社会的にも労多くして効が少ないと結論が出ている。国民にとっても、国家においてもためにならない制度改悪なのだ。

 中室氏によるとしかも、その9月入学論の前提は入学時期の半年前倒し、5歳半入学だったという。半年遅らせて6歳半入学とする今回の案は、「我が国の教育システムを国際標準に合わせる」ことには全く当たらない、と断言する。日本国民の知的能力を絶対的に衰退させる、日本国民オバカ化政策の一環であるような気さえしてくる。

 このような思いつきを、アホな高校生が言い出すのは仕方がない。高校生というのはえてしてアホなものだからである。しかし悪乗りした大人たち、政治家達は野放しにできない。彼らは、シンゾー君が根拠なくやらかした眼の前の困難、2ヶ月の学習の遅れをどのように回復するかという課題に取り組むことから逃げた。半年遅らせればいいじゃん、という安易な思いつきに飛びついた。そのように生き、そのように権力を振るってきた人達なのである。危険な連中、といってもよい。

 バカはバカとして処遇すればよい。これ以上害悪をふりまかないように抑え込み、放り出し、野垂れ死にさせればよい。問題は、今の子供たちを「コロナ世代」としないために学習の遅れをどのように回復するかある。またぞろ、オンラインとか、入試複数化とかの思いつきが表出することだろう。しかし、スーパーマンではない普通の人にとって、困難は着実な積み重ねによって解決するしかないものだ。当地方ではこれを「地道にやっぱい」という。どこかで学習機会を回復確保するしかないのである。

 東京都が打ち出した夏休み、冬休みの短縮は当然である。そのためには教室のエアコン整備が焦眉の急である。それだけでなく、無駄な学校行事の精選、短縮化も必要である。例年通りでなければならないとの声には「コロナだから」と答えておけばよい。

 教員の負担軽減も必要である。それこそ授業に専念できるような体制を整える必要がある。無駄な出張、無駄な研修、無駄な研究などやっている場合ではない。年間学習計画など反故である。授業計画でさえ無用である。そんなものはもともと、まともに授業が出来ない連中の言い訳のようなものでしかなかった。なんだかんだとやらせようとする連中には、やはり「コロナだから」と答えておけばよい。

 問題は、各自治体の首長にオバカが多いことである。宮城県や東京都、大阪府などではなかなかそうはいかないかもしれない。いくら予備校や塾の普及率が高くとも、低所得家庭はカバーできない。やがては、今のコロナ感染率、医療崩壊度の格差のように、「コロナ世代」出現率の各県格差となって現れてくるかもしれない。でもそれって、そのような首長を選んだ君たちに対する当然の報いだからね。ご愁傷様、としか言い様がない。他人事ではないのだが。