今週号の東洋経済特集は「観光立国」である。中身はというと、中国人観光にいかに対応するか、である。明日からの国慶節でも、訪問先1位は日本である。なにしろ、あの不老不死温泉にまで押しかけるようになっている、というのである。
冒頭に菅の対談がある。それだけで政府ご用達特集であることが一気に了解できる。後半のトヨタ様ヨイショ記事といい、現編集部には不信感しかない。先日、向う3年間の購読料支払い手続きを済ませたばかりだが、早まったかなとの悔いを感じざるを得ない。
そのような中で、P28からの靖国神社に関する記事は秀逸である。社員ではない、千田景明という外部の人間の記事だからかもしれない。
中身は、昨秋、賞典職に上皇の靖国創建150年の記念参拝を要求した。ところが、長官など上部への取り次ぎすら拒否された。検討以前、門前払いである。で、今上天皇への参拝要請を断念した。このままでは、靖国は「天皇の社」ではなくなる、といものである。
要請当時の宮司は、天皇の慰霊の旅を批判し、「靖国を潰そうとしている」と攻撃した小堀邦夫である。靖国は、参拝で稼ぐために戦死者を囲い込む必要がある。訪問先に慰霊の対象が存在するということになれば、靖国参拝の必要はなくなる。少なくとも薄れる。
小堀は、嘘をついて発言を隠蔽しようとしたが逃れられず、宮司を辞任した。天皇に対して上から目線でものをいって構わないという神経に驚きだが、嫌がらせをしても相手がいうことを聞いてくれるという人間性にも驚愕である。一言でいえばバカである。当然に日本会議のメンバーである。
記事は、現靖国は戦死者は靖国にしか居ないという「みたま単一説」を引っ込め、それぞれの処にいるという「みたま偏在説」を表明して、天皇との折り合いをつけようとしている。
しかし上皇は、平成の期間を通じて靖国を不要とする天皇像を作り上げてしまった。早めに「単一説」を引っ込めて、合祀したA級戦犯の分祀をしていれば、平成時代の天皇参拝が可能となり、慰霊をする靖国として再生可能だったかもしれない。ところが逆に天皇に不敬を働く、お馬鹿な存在となってしまった。今さらなのである。
靖国の、味方だけを祭るという精神は、日本古来の宗教観を逸脱している。いつまでも裏山にいるという先祖感を否定する「みたま単一説」も同様である。明治における、薩長のために特殊な使命を帯びた神社なのである。狭了であり、少しも清き明き心を感じない。
靖国の完全な崩壊と共に、薩長の呪縛からも解き放たれた、古き良き日本を取り戻すことを、心から望むものである。