郡山市内では、郵便局が偏在している。旧市街に集中し、新市街には稀なのだ。今居住しているのは市の北部で、幹線が通り、開発が顕著なところなのだが、郵便局がない。たぶん県で一番大きな工業高校があるのだが、そこの用務員が昨日、旧国道沿いの郵便局にまで出向いているのを見た。2キロ以上離れているが、そこが一番近いのだろう。
近年、町内に地方銀行の支店が相次いで開設されたが、郵便局にその動きはない。ゆうちょはダイレクトを活用するのであまり不便を感じないが、それでも時々、通帳記載事項に変更があったときなどは出向かなければならない。また、郵便ポストも次々と撤去され、徒歩圏内になくなってしまった。気軽に投函できないのは実に不便である。
以前は駅前で投函していたのだが、業務が変わってそちらに行くことが少なくなった。そこで一番近いポストのある某大学前まで、丘を越えて歩くことになる。16時過ぎに回収があるので、犬の散歩をかねて出かけた。約10分の距離である。ちょうど小学生の下校時である。
大学前は芝生になっていて、犬はその足触りが好きである。以前、歓びのあまりふいに跳躍して、後肢の鍵を断裂したほどである。今日も喜んで上がり、気持ちがいいのか脱糞してしまった。停めるいとまなぞ無い。もちろん、持参のビニール袋にきれいに回収したのだが、門前で歩行者を誘導している警備員がじっとこちらを見ていた。通るたびに、無言のまま不審げな視線を投げ掛けてくるいやな老人である。警察官上がりなのかもしれない。これは何か文句をつけてくるだろうなと判断したが、投函するためには近づかなければならない。郵便箱は、彼の背後にあるのだ。
投函を済ませると、案の定、文句をつけてきた。「芝生に上がらせて糞を指せないように。小学生が上がるから。」というのがその理由である。小学生が実際に上がったら居丈高に文句を言うのに決まっているくせに、命令を正当化する口実とするのである。文句を言われたら「お前は交通整理だけやっていろ」と返してやろうと思っていたのだが、実際に口をついて出てきたのは「ちゃんと取ってるでしょ」だった。怒鳴りつけたといっていい。警備員は、それでもダメだというようなことをいっていたが、無視して引き返した。年のせいなのか、どうも怒りの発露を抑えることができない。
以前、ここの大学生の落とし物を届けたことがある。数万円の現金などが入った財布である。北九州出身だった。わざわざこんなところまで来て、不自由しているだろうと同情して、学生証記載の電話番号に連絡した。しかし、待ち合わせた門前に現れた青年は、「どうも」と一言発しただけで背を向けた。礼もなにも、それ以上一言もなかった。その場に、別の警備員が居合わせたのだが、一部始終を目撃しているのに何も言わなかった。つと、目をそらしただけである。学生も職員も、その程度の水準なのだろうと思い、再び財布を拾っても届けてあげないと硬く決意したものである。残念ながら、それから10年以上財布を拾う機会はない。
そのような連中に、犬の脱糞の指導までされたくはない。歩道と車道の間の飛び地といえども大学の敷地であるという縄張り根性の発露なのだろう。あるいは、ささいなことでいちゃもんをつけて己の優位を確認したいという、警備員の権威主義的な自己満足なのかもしれない。近隣の住民とくだらない軋轢を生じさせる人物を配置する責任は、すべて大学にある。門前とはいえ、天下の公道である。そこを勝手に占拠して歩行者の通行を妨害し、往来する車を勝手に誘導している輩に、えらそうに指図されたくない。
あまりに腹が立ったので、簡易郵便局の募集があったら真っ先に手を上げようかと考えている。用地の提供でもよい。幹線沿いに、100坪でも200坪でも買ってやろうという気になった。そこに、デンと大きな郵便箱を据え付けてやる。2度とあの大学の前を通りたくないからである。
この大学、近年はGreeeenで有名だが、先日発売の「週間ダイヤモンド」では、偏差値評価が不能とされている。