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杮落とし4日目の歌舞伎座である。
外観、内部とも以前との違いを感じさせない。
ただし、背後には高層ビルが突っ立って、土地の有効活用に努めている。
16時頃に到着したのだが、
既に、18時10分開演の第3部の立ち見席に人が並び始めていた。
「盛綱陣屋」と「勧進帳」を続けて観る料金が4000円との事である。
以前は一幕700円だった。
この料金が今だけの特別料金なのか、
恒久的な値上げなのかは不明である。
幸四郎の「勧進帳」は是非とも観たい。
2時間立って待ってもいいのだが、と思いかけたとき、
老婦人に声をかけられた。
1階2等席のチケットを買ってくれないか、というのである。
娘がとってくれたのだが、3枚でよいところを4枚購入してしまった。
何人かに声をかけられたが断られ、
一人で並んでいる当方に目をつけて声をかけた、という事である。
まあ、お金持ちそうな紳士と目をつけられたのでは仕方がない。(たぶん)
額面の2/3の金額で引き取る事にした。
そのおかげで、
LIONビアホールで一杯やる事ができたし、
トイレにも行けたし、
5階庭園や、地下2階と1階の土産物屋を探索する事ができた。
「こいつぁ春から」縁起の良い事ではあった。

肝心の演目だが、
「盛綱陣屋」は仁左衛門と吉右衛門、
「勧進帳」は菊五郎と幸四郎である。
そこに、
幸四郎の富樫に、吉右衛門の弁慶での勧進帳は観れないのだろうな、
菊五郎は染五郎に意地悪をしないのだろうか、というような、
梨園の兄弟、親子、男女の人間関係を見てしまう。
それも歌舞伎鑑賞のひとつの方法だと思うのだが、
いつの間にか、そのような観方に染まっている自分に驚いてしまう。
女性誌なんか読んでいないというのに。

「盛綱陣屋」はなんとも無理の多い筋立てだが、
冒頭のだらだらとした部分の演奏が心地よく、
うつらうつらしてしまった。
上等の音楽は眠りを誘うのである。
後半、小四郎が切腹するあたりでは、
子役の演技に涙を誘われた。
この子役、金太郎は染五郎の息子らしい。
顔のでかい物まねタレントとは異なり、愛らしいのである。

「勧進帳」は、幸四郎が弁慶をそつなく務めていた。
おかげで、舞台の所作の意味するところがこの年になって理解できた。
最後の飛び六方をバカみたい、と思っていたのだが、
あれは先に去った主君義経を追いたくて気ばかりが急ぎ、
全速力で走りたいのだが手足が乱れ、
みっともなくもたたらを踏んでしまう場面だったのである。
団十郎だったら只の型としか思わなかったかもしれない。
幕が引かれた後の富樫への一礼も実によい。
もっとも、その最大の見せ場において、
幕の中でどたばた動き回るのはいかがなものか。
そんなに急がなくとも客退出後に片づければよいではないか。
残業手当が惜しいのだろうか。

菊五郎は、東京の大御所的な存在となり、
舞台挨拶の音頭を取ったようだが、役者としてはどうなのだろう。
富樫に怜悧さを感じないのだ。
娘の方が器量は上なのかもしれない。

特筆すべきは勘九郎である。
義経主従の一員なのだが、
身分が露見しそうになったときに、
もはやこれまでと従者一行が関所破りをいきり立つ場面で、
勘九郎が、迫真の演技をしていた。
そのまま役者絵にしたいほどであった。
なんとなく、江戸の芝居とはこんな感じだったのだろうな、と思わされたほどである。
それもまた、
勘三郎没の直後という、
今現在の状況の中での受け止め方があるのかもしれない。

かくして、
反原発集会参加の予定を反故にして、
歌舞伎鑑賞にかぶいてしまった一夜であった。