「私はラパヌイに地球の縮図を見ています。
森がなくなるとどうなるのか、
いつも島を見守ってきたモアイたちが教えてくれるのです。」
(ラパヌイ人の考古学者、セルヒオ・ラプのことば)
![moai02](https://stat.ameba.jp/user_images/6c/70/10045644179.jpg?caw=800)
(c)Stacy Hughes
島の中心、ハンガロア村にテンダーボートで降りた。
巨大な石像・モアイと、これから波遊びにでかける少年たちに迎えられた。
南太平洋にぽつんと浮かぶこの島には、冬は南から、夏は北から、一年中コンスタントにウネリが入る。
ディナ・ブラウン監督の映画『Step into Liquid:ステップ・イントゥ・リキッド』にも登場するメロウな波は、
ここハンガロアのものだ。
「おまえもついてこい」
そう言って、日に焼けた髪を腰までのばした9歳の少年は、
使い古したボディーボードひとつでフィンも持たずに海に飛び込んだ。
肩から頭くらいのサイズの波が、きれいなバレルを作っている。
決して混雑することのない、世界でもっとも開かれたシークレット・ポイント。
空が青すぎる。
周囲に島らしい島が存在しない「絶海の孤島」には、なにか特別なエネルギーが凝縮されているようだった。
「ここはポリネシアだけど、緑豊かな楽園のジャングルというイメージはないですね」
黒い火山岩で険しい印象の海岸線とは対照的な、深く青色の海がまぶしい。
ただ、窓のない車から臨む景色は、見渡すかぎりの草原地帯。
潅木やグアバの木が散在していて、放し飼いの牛や馬がいるのどかな風景だった。
「そうですね。
でも、4世紀ごろマルケサスから人がカヌーでやってくる前のラパ・ヌイは、
原生のままの巨大椰子や40種類以上の植物で覆われた、亜熱帯性雨林の島だったんですよ。」
案内を買ってでてくれた考古学者、セルヒオ・ラプさんが穏やかな声で言う。
「新しい土地を求めてここに移住した人々は森を切り開いて畑を作り、島の人口をどんどん増やしました。
そして、10世紀ごろからはじまったモアイの製作と運搬で、島全体から森が消えたんです。
森が消えると、残された資源をめぐって氏族間の戦争がはじまった。
最盛期には1万5千人だった島民が殺し合いを続け、
巨大なモアイ1000体と、わずかな数の人間だけが残りました」
「なんでまた、モアイをつくりはじめたんですか?」
私たちはラノ・ララクに立った。草がまばらに生える山の斜面に、
モアイの上半身が数百体、下半身を土砂に埋められたままニョキニョキと突き出ている。
昔、モアイの製造工場だったという岩山には、まだ切り出し途中の巨大なモアイも横たわっていた。
「モアイは、そのほとんどが海に背をむけて、村に向かって立てられています。
村を守る長老が亡くなるとき、長老の『マナ』と呼ばれる聖なる力をモアイに宿して、
マナの力で村を守っていたのです。
ところが、モアイをつくればつくるほど森が消え、
島の表土が流出して農地が荒れ、カヌーの生産にも支障が出て漁にいけなくなる。
大規模な飢餓が発生した16世紀から17世紀にかけては、
それでも村の力を誇示するためにモアイがどんどん巨大化し、
またモアイの破壊合戦が起こりました」
周囲は静かで、風の音と鳥の鳴き声しか聞こえない。
石切り場を登りきると視界が開け、火口湖の美しさに息を飲んだ。
あまりに平和なこの風景を舞台に、一説によれば人食いさえ横行したとされる
モアイ倒し戦争が繰り広げられたのだ。それも、今からたった400年前に。
「人口1万人の島に1000体を超えるモアイを乱立させ、森が消えました。
豊かな自然を誇る平和な島で、人間による環境破壊が原因で文明が絶滅したということです。
私は、ラパ・ヌイに地球の縮図を見ています。
森がなくなるとどうなるのか、いつも島を見守ってきたモアイたちが教えてくれるのです。」
ハンガロア村に戻ると、大人顔負けの波さばきで上手にサーフィンしていた少年たちが、
炭火で焼いた大きな魚を食べている。
島の周辺はペルー海流の影響で、海産資源が豊富な漁場なのだそう。
ご馳走になった素朴なサラダに添えられた大きなアボカドは、驚くほどおいしかった。
「ラパ・ヌイは、1995年に世界遺産に登録されました。
島の自然とモアイを守っていくことが自分たちの未来につながることに、今や島民みんなが気づいています。
これからは再生の時代です。
ゆっくりでもいいから自然の時間に寄り添って生きる。 そういう、新しい時代です。」
セルヒオと少年たちの笑顔にラパ・ヌイの希望を見て、同時に地球の未来を省みる。
20世紀のはじめに17億人足らずだった世界の人口は、2007年現在、63億人を超えている。
100年の間に人間の数は4倍に、エネルギー消費量は8倍に増え、どちらもいまだに右肩あがりだ。
自然の再生能力を超えて資源を消費し、森が消えるとき、私たちは地球で生きていくことができなくなる。
残り少ない資源を争って戦争をしている場合ではない。
ゆっくりでいいから、自然の時間に寄り添って生きるときが来ているのかもしれない。
ラパ・ヌイの古い伝説では「テ・ピト・オ・テ・ヘヌア=地球のへそ」と言われるこの島から、
モアイがそれを私たちに語りかけている気がした。
ラパ・ヌイ(Rapa Nui)
チリ領の太平洋上に位置する火山島。
ラパ・ヌイとはポリネシア系の先住民の言葉で「大きな島」という意味。
英語ではイースター島(Easter Island)。
モアイの建つ島として有名。面積163.6km²、人口3791人(2005年)。
住民はポリネシア系。チリの首都であるサンティアゴから西へ3,700km、
タヒチから東へ4,000km、ポリネシア・トライアングルの東端に位置する。
周囲には島らしい島がほとんど存在しない「絶海の孤島」。
大きいもので高さ20m重さ90トンのモアイ像が、島に1000体以上点在する。