一匹の猫が近づいてきた。トラニャだ。
アニャッ、と子猫のような甘え声で近づいてくる。
トラニャは、ちょうど扇風機の風をさえぎる位置で止まった。
角度をうまくセットできなかったためにかろうじて
わたしに届いていた風はみごとに止められた。
‥‥ト、トラニャ‥‥熱で苦しいんだ。暑いんだ。
心の中でそう思ったが、トラニャに言ってもしかたない。
いつものように撫でてもらえると思って来たトラニャに罪はない。
吐いてぶっ倒れたのを見ていて病気だと分からないのか?
トラニャに分からなくても仕方ない。
たぶんこいつは病気をしたことがない。
トラニャはゴロゴロ言いながら体を密着させてきた。
ああ、熱い。ますます暑い。
ごめんね、トラニャ‥‥
トラニャの背中を撫でながら、わたしは意識を失った。
夜中、ふと目を覚ますと、
シャムが心配そうにわたしの顔をのぞき込んでいた。
枕に手をちょんと置いて、香箱を組む姿勢でうずくまって
じっとわたしの顔を見ている。
ふだんはこんなことはしない。
わたしの変調がシャムには分かったようだ。
ああシャム、お前はお利口だね--
むかつきはほとんど収まっていた。
何時か分からないが、もう少し寝よう。
朝、トラニャとクロの鳴き声で目が覚めた。
時計をみると5時前。いつもの時間。
何があっても猫の餌やりとトイレ掃除は欠かせない。
(こんな時に限って自動清掃トイレが故障だ)
ゆっくりと身を起こしてみる。
まだ頼りないが、昨晩からするとずっとましになった。
不確かな足取りで猫の餌場に行ってみると、
ドライフードがたくさん残っていた。
そういえば、昨晩いっぱい出しておいたんだった。
トラニャ、クロ、君たちは「腹が減った」と鳴いていたのではなく、
「肉よこせ」と鳴いていたのだね(笑)。
どうしてブラシかけてくれないの?
食事の支度も遅いよ?
いつももっと撫でてくれるよね?
なでてくれないニャー。
名前よんでくれないニャー。
話しかけてくれないニャー。
冷たいニャー。
人間の事情は猫には通じない。
人間の都合を猫に押しつけてはならない。
確かにその通り。
ごめんよ、猫ども。
けど、どうしようもないときもあるのだ。
