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玄牝(げんぴん)

渋谷ユーロスペースで、ドキュメンタリー映画「玄牝」(げんぴん)見てきました。
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率直な感想は、
女は獣。
生の煌めきに溢れ、そして無限に美しい。



愛知県岡崎市の森の中にある、吉村医院。大自然の中で命の営みを見つめる、江戸時代さながらの生活の中での自然分娩。薬や医療器機を是とせず、女性が本来持っている産む力を引き出す。

ビックリしましたねー、臨月の妊婦さんがフルパワーで薪割りしてたり、スクワット一日300回、雑巾掛け、畠にクワを入れたり。
旦那さんがスクワット50回で弱音吐いてますからね。笑
男なんてそんなもんです。笑

吉村先生は、江戸時代や昭和初期は難産なんてそんなにはなかったとおっしゃってました。
それは時代や文化のせいではない。不安が難産を推し進めてるだけだと。
不安は赤ちゃんと密接に繋がっていると。

現代の産婦人科医は、女性の立場にたって診察していない。とも仰られていた。
不安をかきたて、不安が起因する過度の通院代や薬の押し売りで、お金儲けのことしか考えていないと。


そして、
出産は、母親にも赤ちゃんにも死の可能性が伴う。

それが人間の生であると。

現代の最先端医療を利用し、帝王切開や陣痛促進剤で出産することは、神に背く行為であると。
それは生が嘘になると。

2万例以上の出産に真摯に立ち会い、努力し続けた吉村先生のこの所見。
確かに胸に響くものが大いにあるのだが、何が何でもこの世に産み落としたいと願う家族にとっては大変な難題であろう。
吉村先生の持論を受け入れるには、「命あるものは、必ず死がある」というとても残酷であまりに健全な真理を受け入れ、覚悟をしなければならない。
まぁ、それだけ現代の出産が安定した科学に支えられ過ぎて、確固たる意志と意欲まで達せず、気持ちに不安を産んでしまっているということでもあるのだろう。勿論、現代でもとてつもない意欲でもって出産に臨む方もいるでしょうが、背後にこれだけの科学がバックアップしている事実を殆ど無視し(吉村先生は出産前の検査では現代科学の良き所は採用している)、江戸時代の女性のように自分の体ひとつで臨む環境はこの吉村医院だけではないかと思う。

しかしながら、この自然分娩で産んだ母親達はとてつもなく深く温かい表情をして歓喜•喜悦していた。



荘厳な奇跡を見て涙が止まりませんでした。



「ありがとう、ありがとう、ありがとう...」と膣から出てきたばかりの赤ちゃんを抱きしめるその声は、最も生を深く感じる。
それぞれの母親から至極自然に溢れ出る、「あったかい」「きもちいい」の言葉。
言葉は説明がたくさんへばり付いて、時に汚濁し、嫌悪してしまうこともあるが、ほんとうのことば は何時だって美しい。


ただ、このドキュメンタリー映画は幸福だけを映してはいない。
人間の脆さ、危うさ、儚さをも、記録する。
元気に産まれてくる子ばかりでなく、
またあらゆる事情や想いを、出産という神秘に付随しながら映している。







河瀬直美さんの作品は昔から好きで、「萌の朱雀」「もがりの森」等で知られ、カンヌ最高賞である金獅子賞を2度も受賞している。
自然描写と人間の表情を極限までに美しく切り取る。光の描写には息も出来ないほど。

ただそこにある美しさを、ただただ美しく。

巨匠です。

今回の玄牝ではよりいっそう磨きがかかってました。
生々しく、痛々しく、喜悲が混ざり合う。

これから出産する人も、した人も、男性にもぜひ見て頂きたい。




資本主義経済による、ヴァーチャル思想な世界が生み出した利便や裕福による鬱や不安。

この映画は、これら全部、取っ払ってくれます。
それだけ妊婦さん達の瑞々しい表情、充実した気、壮麗な意志、エネルギーに、つまらん不安や寓意•狡猾•演じる自分を消し去ってくれ、ほんとうの自分と対話することが出来ます。

今年に入ってからリニューアルしたトップページにも書きましたが、今見えてる世界は仮の世界であると。
真如 と呼ばれるほんとうの世界は、死という体験でもって対峙しうる。

その時、権威や脚色された思考、お金や物質的価値観などまるで無為になる。
ほんとうの姿にされ、その生を振り返る。

その時、虚構にまみれ、また自分自身を偽ってきた者は後悔することだろう。死の直前で。

誰だって、生きたー!!って死にたいはずだ。
おれはそうゆう死に方をいつも意識してる。
フラットに、ピュアに生き、死んでゆく。
理想的な生き方です。

自らの煩悩や歪曲した社会に、表現者として萎え、悶える時もある。
しかしそれでも生きることに、表現することに渇望し続け、内沸するエネルギーを正しく、大切に放散していきたい。
清潔なフィーリングを信じて。


吉村先生は、死のその先にある命を 見ていた。その産婦人科医としの生涯、葛藤も苦悩もあったに違いない。
それでも、ずっとずっと続く生命の循環に希望を抱いている。

女性の圧倒的な美しさ、生命の神秘、そして「生まれてきてくれて、ありがとう」というきれいなことばに感涙した。



谷神は死せず。是を玄牝と謂う。ー孔子

大河の源流にある谷神は、とめどなく生命を生み出して尽きることはない。
これを玄牝...神秘なる母性と呼ぶ。