トゥイッター
こんばんわ。
年も明け、仕事が始まった方も多いのではないでしょうか。
僕は首がさらにぶっ壊れてます。
休みの間も養生したのに...。けど年の瀬は結局5日くらい病院やってないですからね。
首少し動かすだけでデトロイトテクノみたいなクリック音がします。笑
最近ツイッターを始めて、自分の欲しい情報源(あくまで源)が時間の許す限り入ってきて、さらに新しい刺激にもなる。これはおもしろいぞとブログを置き去りに...。してませんよ。
ツイッターとブログではあまりにも在り方・用途が異なる。
単純にツイッターが「刺激」なら、ブログは「主張」である。
ツイッターがラフに富んでいるならば、ブログは制限がない分責任感が伴うと思います。
本当かよっ!!!!!笑
こんなブログ書いてて責任感あるのか という突っ込みがこだまします。笑
いやでもすごく自分なりの責任感はありますよ。デリケートな話題もありますし。
インターネットが普及して、「批評・評価」というものが2チャン、ツイッターを始め猛烈に溢れている昨今ですが、批評という行為は元来”外部、もしくは外因となった事柄”と個的観念/経験/身体性という、「外と内(自分)」という、「同一で相反するという」矛盾を無理矢理統一する作業でもあるのです。そこには必ず軋轢、摩擦、不和が存在します。それでも書きたい批評が、正しい、正しくないとかいうおセンチで幼稚染みた倫理ではなく、本当に言いたかった批評になるのではないでしょうか。
しかし、昨今のインターネット批評バブルでは、外部を放棄し、
自らの身体性、尺にあった、また嗜好するといういわば「偏愛」を語るだけになっているのではないでしょうか。
勿論、ツイッターや日記ブログなどはそれがまた良いから、そこを主とするコンテンツであるからいいのですが、何かを真摯に問いかける、また訴えるのであるならば、その内外・善悪から目を背けてはならないと私は思うのです。
よくネットで勉強しようとすると必ずと言っていいほど2ちゃんにぶち当たります。
そこでの外部遮断癖。
最低ですね、この心理的暴力。イライラします。
よく喧嘩みたいになってますもんね。
それで、大体タイムラグがあって変なギャグみたいのが間に入っちゃってるんですね。笑
僕が見て狂乱的に笑ったのは、「ニアフィールドモニターの性能とその効果」みたいなとこで、
始めに提起人が”全くの素人で右も左もわかりませんが、みなさんご教授下さい”みたいな丁寧な挨拶で始まってるのに、やっぱり素人には到底分からない専門用語ばかり並べて、そんなことも知らないでお前買おうとしてんのかよ、おととい来やがれ!みたいな奴らがわんさか書き込してくるんですね。
それが2ちゃんなんだ なんて意見、おれは嫌い!
そんなもんに疑問を打ち明ける方が間違ってる感がダメなんです。そこから間違ってるんですよ。
結局、それじゃ国が言ってるからしょうがない。ってのと同じなんです。
平気で検事がデータを改竄し、年金問題が何百万人もの人に迷惑をかけているお役所を全部頭から信じればいいやーってのと同じなわけです。
これは我々ゼロ年代に課せられた課題だと思います。
自ら勉強し、自ら人生を組み立てる。国はあくまで後ろ盾にしか過ぎず、自分の人生を切り拓くのは自分であるということを真摯にやっていかなければなりません。
そうゆう意味で、長谷部氏(a.k.a HSB 48/ブブゼーラ)は税金を払うこともせず、今を生きています。
国家という足枷をファックだと言うわけです。
話は戻ってその2ちゃんでどんどん擁護派と敵対派がヒートアップしていくんですね。
話題はどのモニターを誰が(アーティスト)が使用してるのか知りたい などに及び、
”ガイザインは誰が使ってるかわかりますが?”という書き込みから、
”誰が使ってるから買うなんてのはクソだ。テメーで選べ”などという卑劣な言葉に対して、
”尊敬する坂本龍一さんの音を純粋に学びたいというのは愚鈍なことなのか、おまえのほうこそバカだ”などと醜い争いが苛烈化していくんですね。
そこに、そこにですよ、タイムラグ君 の登場です。笑
”ガイザインは誰が使ってるかわかりますが?”
”磯野きりこモデルだぷ~”
もう最高ですね!!笑
坂本龍一 ってとっくに答え出てるんです。笑
モデルですかね!笑
磯野きりこは、方側だけで20~60万するスピーカー必要ないです。笑
こうゆうHSB君みたいな人が長生きするんですよ。
話は戻りまして、
好き嫌いで感情的に書きなぐる心理的暴力が習慣化している今日。
自分の外側にあるものを勉強するということは、良い見識だけではなく、当然尺に合わない部分、納得出来ない部分もあるわけで、逆にそこが見えないのなら本当に理解していないということである。
しかし、その外部と真剣にコミュニケートし自分の答えが出せれば、それはもう自己像の更新としてよいのではないかと思っています。
それぐらいの覚悟でもって書いています、サンファンブログ!!!
”信頼と誠実のサンファンブログ”!!笑
嘘くささ丸出しですね~。僕が高校生の頃の竹下通りのバッタもんブランド売る黒人ばり。笑
「ステューシー アルよ~、エイプ アルヨ~」とか言ってましたね。笑 あれ全部偽もんなんですよ。
まあそんなこんなで、ツイッター上で
hayatochiri1856

見たら要注意!!!!
H!!!
って勢い。
大ちゃんのBig!!!!みたい。笑
年も明け、仕事が始まった方も多いのではないでしょうか。
僕は首がさらにぶっ壊れてます。
休みの間も養生したのに...。けど年の瀬は結局5日くらい病院やってないですからね。
首少し動かすだけでデトロイトテクノみたいなクリック音がします。笑
最近ツイッターを始めて、自分の欲しい情報源(あくまで源)が時間の許す限り入ってきて、さらに新しい刺激にもなる。これはおもしろいぞとブログを置き去りに...。してませんよ。
ツイッターとブログではあまりにも在り方・用途が異なる。
単純にツイッターが「刺激」なら、ブログは「主張」である。
ツイッターがラフに富んでいるならば、ブログは制限がない分責任感が伴うと思います。
本当かよっ!!!!!笑
こんなブログ書いてて責任感あるのか という突っ込みがこだまします。笑
いやでもすごく自分なりの責任感はありますよ。デリケートな話題もありますし。
インターネットが普及して、「批評・評価」というものが2チャン、ツイッターを始め猛烈に溢れている昨今ですが、批評という行為は元来”外部、もしくは外因となった事柄”と個的観念/経験/身体性という、「外と内(自分)」という、「同一で相反するという」矛盾を無理矢理統一する作業でもあるのです。そこには必ず軋轢、摩擦、不和が存在します。それでも書きたい批評が、正しい、正しくないとかいうおセンチで幼稚染みた倫理ではなく、本当に言いたかった批評になるのではないでしょうか。
しかし、昨今のインターネット批評バブルでは、外部を放棄し、
自らの身体性、尺にあった、また嗜好するといういわば「偏愛」を語るだけになっているのではないでしょうか。
勿論、ツイッターや日記ブログなどはそれがまた良いから、そこを主とするコンテンツであるからいいのですが、何かを真摯に問いかける、また訴えるのであるならば、その内外・善悪から目を背けてはならないと私は思うのです。
よくネットで勉強しようとすると必ずと言っていいほど2ちゃんにぶち当たります。
そこでの外部遮断癖。
最低ですね、この心理的暴力。イライラします。
よく喧嘩みたいになってますもんね。
それで、大体タイムラグがあって変なギャグみたいのが間に入っちゃってるんですね。笑
僕が見て狂乱的に笑ったのは、「ニアフィールドモニターの性能とその効果」みたいなとこで、
始めに提起人が”全くの素人で右も左もわかりませんが、みなさんご教授下さい”みたいな丁寧な挨拶で始まってるのに、やっぱり素人には到底分からない専門用語ばかり並べて、そんなことも知らないでお前買おうとしてんのかよ、おととい来やがれ!みたいな奴らがわんさか書き込してくるんですね。
それが2ちゃんなんだ なんて意見、おれは嫌い!
そんなもんに疑問を打ち明ける方が間違ってる感がダメなんです。そこから間違ってるんですよ。
結局、それじゃ国が言ってるからしょうがない。ってのと同じなんです。
平気で検事がデータを改竄し、年金問題が何百万人もの人に迷惑をかけているお役所を全部頭から信じればいいやーってのと同じなわけです。
これは我々ゼロ年代に課せられた課題だと思います。
自ら勉強し、自ら人生を組み立てる。国はあくまで後ろ盾にしか過ぎず、自分の人生を切り拓くのは自分であるということを真摯にやっていかなければなりません。
そうゆう意味で、長谷部氏(a.k.a HSB 48/ブブゼーラ)は税金を払うこともせず、今を生きています。
国家という足枷をファックだと言うわけです。
話は戻ってその2ちゃんでどんどん擁護派と敵対派がヒートアップしていくんですね。
話題はどのモニターを誰が(アーティスト)が使用してるのか知りたい などに及び、
”ガイザインは誰が使ってるかわかりますが?”という書き込みから、
”誰が使ってるから買うなんてのはクソだ。テメーで選べ”などという卑劣な言葉に対して、
”尊敬する坂本龍一さんの音を純粋に学びたいというのは愚鈍なことなのか、おまえのほうこそバカだ”などと醜い争いが苛烈化していくんですね。
そこに、そこにですよ、タイムラグ君 の登場です。笑
”ガイザインは誰が使ってるかわかりますが?”
”磯野きりこモデルだぷ~”
もう最高ですね!!笑
坂本龍一 ってとっくに答え出てるんです。笑
モデルですかね!笑
磯野きりこは、方側だけで20~60万するスピーカー必要ないです。笑
こうゆうHSB君みたいな人が長生きするんですよ。
話は戻りまして、
好き嫌いで感情的に書きなぐる心理的暴力が習慣化している今日。
自分の外側にあるものを勉強するということは、良い見識だけではなく、当然尺に合わない部分、納得出来ない部分もあるわけで、逆にそこが見えないのなら本当に理解していないということである。
しかし、その外部と真剣にコミュニケートし自分の答えが出せれば、それはもう自己像の更新としてよいのではないかと思っています。
それぐらいの覚悟でもって書いています、サンファンブログ!!!
”信頼と誠実のサンファンブログ”!!笑
嘘くささ丸出しですね~。僕が高校生の頃の竹下通りのバッタもんブランド売る黒人ばり。笑
「ステューシー アルよ~、エイプ アルヨ~」とか言ってましたね。笑 あれ全部偽もんなんですよ。
まあそんなこんなで、ツイッター上で
hayatochiri1856

見たら要注意!!!!
H!!!
って勢い。
大ちゃんのBig!!!!みたい。笑