東大の地震研究所が「首都圏直下M7級地震が4年以内の起きる確率は50%以下」と発表した。昨年9月の時点では「70%」だった。
これに関してメディアは「政府は30年以内に70%と発表していたではないか」「政府はウソをついているのではないか」「東大は何でころころ予想を変えるのだ」などとバカ騒ぎ・・・これを聞いた一部「庶民」も「地震対策を急がねば・・・」などと騒いでいる。
これらは全て「確率に関する無知」がなせる業だ。
まず地震の予知は天気予報ほどには進歩していないことを認識すべきだ。認識しているはずなのに「天気予報における明日の天気の確率」と同じレベルで考えてしまうのだ。天気予報でもたびたび外れるのに・・。
東大地震研は、「比較的小さな地震が多いほど大きな地震の確率が高まる」という仮説に基いている。去年より小さな地震(M3以上の総数)が減ったから確率が下がった・・という当たり前のことなのだ。
一方、政府の発表は、これまでの大地震の歴史から推測している。「過去130年間にM7以上の直下型地震が5回起きている」という事実に基いている。地震がランダムに起きると仮定して30年以内には70%の確率で起きる・・としているのだ。これは当分変えようがない。
そしていずれも「当たるも八卦・・」の世界にいる。
30年と聞いて安心したり、10%と聞いて安心したりするのはメディアがバカなのであり、報道に騙される「庶民」がバカなのである。
因みに天気予報ではある降水確率を超えると「外出の際は傘をお持ちください」と言うことが多い。しかし、私のサラリーマン時代には「毎日かばんの中に傘を入れて通勤」していた。「10%って言うから傘を置いてきたのに・・」は愚の骨頂である。10%は降る可能性を示唆しているのであり降らないなどとは言っていない。たとえ0%の予報でもそれは四捨五入の世界で、「絶対ゼロ」ではないのだ。
今まで大津波警報が出て本当に大津波になった確率はどれくらいだろうか。多分かなり少ない。今まで10回に1回しか当たっていないのだから、警報が出ても逃げなくていい・・と思っていなかっただろうか。警報が出たら確率の数字などに惑わされず、まず避難するほうがいいのだ。5メートルとか具体的な高さを予報していたが、これもある確率で言える数字でしかなかった。5メートルを確信して逃げ遅れた人は助からなかった・・。
これに関してメディアは「政府は30年以内に70%と発表していたではないか」「政府はウソをついているのではないか」「東大は何でころころ予想を変えるのだ」などとバカ騒ぎ・・・これを聞いた一部「庶民」も「地震対策を急がねば・・・」などと騒いでいる。
これらは全て「確率に関する無知」がなせる業だ。
まず地震の予知は天気予報ほどには進歩していないことを認識すべきだ。認識しているはずなのに「天気予報における明日の天気の確率」と同じレベルで考えてしまうのだ。天気予報でもたびたび外れるのに・・。
東大地震研は、「比較的小さな地震が多いほど大きな地震の確率が高まる」という仮説に基いている。去年より小さな地震(M3以上の総数)が減ったから確率が下がった・・という当たり前のことなのだ。
一方、政府の発表は、これまでの大地震の歴史から推測している。「過去130年間にM7以上の直下型地震が5回起きている」という事実に基いている。地震がランダムに起きると仮定して30年以内には70%の確率で起きる・・としているのだ。これは当分変えようがない。
そしていずれも「当たるも八卦・・」の世界にいる。
30年と聞いて安心したり、10%と聞いて安心したりするのはメディアがバカなのであり、報道に騙される「庶民」がバカなのである。
因みに天気予報ではある降水確率を超えると「外出の際は傘をお持ちください」と言うことが多い。しかし、私のサラリーマン時代には「毎日かばんの中に傘を入れて通勤」していた。「10%って言うから傘を置いてきたのに・・」は愚の骨頂である。10%は降る可能性を示唆しているのであり降らないなどとは言っていない。たとえ0%の予報でもそれは四捨五入の世界で、「絶対ゼロ」ではないのだ。
今まで大津波警報が出て本当に大津波になった確率はどれくらいだろうか。多分かなり少ない。今まで10回に1回しか当たっていないのだから、警報が出ても逃げなくていい・・と思っていなかっただろうか。警報が出たら確率の数字などに惑わされず、まず避難するほうがいいのだ。5メートルとか具体的な高さを予報していたが、これもある確率で言える数字でしかなかった。5メートルを確信して逃げ遅れた人は助からなかった・・。