このシリーズも今回で最終回。最後に、生物に対して有害な作用を有する放射線でも微量であれば健康によい作用を有するという「放射線ホルミシス効果」について述べておこう。
どんな低い線量でも生物に対して障害になる・・という「線形非閾値(LNT)モデル」とは対立する概念であり、どちらが正しいという証明は終っていない。
放射線ホルミシスはワクチンに似ている。ワクチンが細菌を敢えて体内に注入して、その細菌に対する防御機能を高めるという点で放射線に似ている。
 
このような議論が交わされる以前から、ラドン温泉やラジウム温泉が身体によいとされてきた。日本だけでなくオーストラリアやロシアでも人気になっている。臨床的にもある程度の効果が認められていると思われる。たとえば日本では1リットル当たり74ベクレル以上でなければラドン温泉と称することはできない。このたびの海水浴場規制値がセシウム137で50ベクレル、ヨウ素131で30ベクレル以下になったことと比べて結構大きい値だと思うだろう。海水浴場を規制するのならラドン温泉も規制して然るべきではないか・・・ただし半減期の短いラドンと長いセシウムを単純比較することはできない。それにしても夏の間毎日5時間海水中にいて1リットル飲み込み、怪我から海水が滲みるという前提条件もすごいね。
 
低レベル放射線が老化やガンの抑制、生物防御機能活性化に寄与することは動物実験では確認されている。しかし隠れた副作用があるかもしれず、人間に関して明確な結論が出るのは当分難しいかもしれない。たとえば気体のラドンは室内に溜まりやすく欧米ではラドンに起因する肺がんに関する警告がなされている。日本では屋内ラドン濃度は欧米の半分から3分の1(1㎥あたり15ベクレル)程度らしいが、日本より密閉性の高い建物のせい、あるいは建材のせいなどとも言われている。

以前に台湾で興味深い事件が起きた。1982-1984年に建設された台北近郊の1700の建物(対象居住者10000人)の鉄筋に誤ってコバルト60が混入されていたことが分ったのである。
2004年の環太平洋国際会議に台湾から報告された報告は驚くべきものであった。9-20年居住している間の累積被曝量の平均は約400ミリシーベルトで、さらに驚くべきはガン死亡率や先天性奇形発生率が劇的に小さくなった(数10分の1)というもので、にわかに世界の脚光を浴びることになった。
ただし後の2008年台湾国立陽明大学の調査結果(サンプルは被曝量の分かる6242人)では平均被曝量は48ミリグレイ(シーベルトとほぼ同じ)で中央値6.3ミリグレイ、最大値2363ミリグレイとなっていて多くの住民の被曝量はさほどでもなく、高い被曝の者が少数いたという程度だろう。さらにガン全般に関してはリスクの上昇も減少も見られなかった。細かくは白血病リスクが若干上昇し、甲状腺ガンリスクが若干低下するなどが見られたものの、症例数が少ないため、さらに長期の調査を待たざるを得ない。
 
福島県でも全県民の追跡調査を行うとしている。台北の住民にせよ福島の住民にせよ、とんでもない災いに巻き込まれた感があるものの、今後の研究には大いに貢献することになる。何せ今では100ミリシーベルト以下の被曝におけるリスクは何も確認されておらず、「よく分からないリスクにおびえる」という状況なのだから・・。
 
最近の厚労省の発表によるとこれまでの4大疾病(ガン・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病)を抜いて罹患率の増加が著しい精神疾患(患者数でガンの2倍)に注目、これを加えて5大疾患と呼ぶことになった。おそらく放射線で今すぐガンになる人はほとんどいない(多分あっても数10年後)けど、放射線不安が精神疾患の増大に寄与することは間違いない・・これは政府やマスコミのせいかもしれない。